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作者: 十一橋P助

 初めての一人旅は充実したものだった。女一人だから気をつけなければならないこともあったけど、たいしたトラブルもなく無事帰路につくことができた。

 新幹線はようやく新大阪へと到着した。立ち上がり、荷物棚に手を伸ばして気がついた。私のバッグに寄り添うように、見覚えのない紙袋があるのだ。どこかのブランドを思わせるような手提げ紐がついた小さな紙袋だ。私の前後に座っていた客はすでに一つ前の駅で降りていた。忘れ物だろうか。

 このまま置いておこうか。そうすれば清掃の人か駅員が見つけて持ち主の元にもどるかもしれない。

 でも……と思いつつ左右を見る。他の乗客は誰も私のことなど眼中にない様子。その瞬間、悪魔のささやきが耳元で聞こえた。

 誰も見ていないんだから貰っちゃえ。

 すかさずバッグと紙袋をつかんでホームに出た。どうやら私の近くに天使はいないようだ。



 シャワーを浴び、荷物を整理し終えたところでテーブルの上に例の紙袋を置いた。中にはきれいなリボンがかけられた小箱があった。二枚貝のように上下に開くタイプのものだ。もしや宝石かも?と期待しつつそれを開いた。だが入っていたのは腕時計だった。

 箱から出して手にとって見た。高級そうなデザインだけど、文字盤に刻まれたブランド名は聞いたことのないものだ。私が知らないだけで有名なものなのだろうかと思い検索してみるけど、東京にあるカフェの名前がヒットするくらいだ。そう言う先入観があるせいか、ためしに手首に巻いてみてもなんだかしっくりこない。

 やっぱりあのまま置いてくればよかったかなと後悔の念が湧いてきた。今さら忘れ物がありましたと駅に届け出ることもできないし、このまま捨ててしまおうかと思ったところで、ふとテーブルの端に置いたスマホが目に留まった。

 そうだ。ダメ元でフリマアプリに出してみようか。いくらでもいいから売れたらラッキーだ。

 スマホを手に取り、早速時計の撮影を始めた。



 翌朝、驚いたことにそれはすでに売れていた。しかも一万円で。もう少し設定価格を高くしてもよかったのかなと反省しつつ、即日商品を発送した。

 数日後、評価とともに取引メッセージが届いた。それを読むうち背中に怖気が走るのを感じた。

『迅速な対応、ありがとうございました。大切に使わせていただきます。実は、私はあなたのことが大好きでした。この気持ちを何とかお伝えしたいと思っておりましたが、あいにくそんな勇気を持ち合わせておりません。そこで、せめてあなたが身に着けていたものをなにか頂けたらと考えました。有名人に対するファンのような心理です。でも、見ず知らずの関係でいきなりそんな不躾なことをお願いするわけにもまいりませんし、無断で頂戴するなどと言うことももってのほかです。そこで私は腕時計をつくることにしました。世界にひとつしかないオリジナルの時計です。そのデザインには気を使いました。それをあなたが身に着けなければ意味がないのですから、腕に巻く程度に興味は惹かれても決して好みではない、ぎりぎりのラインを狙いました。それを丁寧に包装し、あなたの荷物の隣に置いたのです。あなたの性格ならきっと持ち帰るに違いないと確信しておりましたが、果たしてそのとおりとなりました。紙袋を持ち帰ったあなたはそれを開封し、ためしに腕に巻いたことでしょう。でも好みではないから手放そうとしたはずです。捨てるのか売るのかその方法は幾つか考えられますが、いずれにしても回収するのはたやすいこと。捨てられたなら拾えばいいし、売られたならば買い戻せばいいのです。運良くフリマアプリに出品していただけたおかげで、その労力は最小限ですみました。世界にひとつしかない時計なのですから、検索すればすぐに見つかりました。重ねて御礼を言わせて頂きます。ただひとつ気がかりなのは、この時計が本当にあなたの手首に巻かれたのかどうか?こればかりは確認のしようがありませんから、一度でも身に着けていただいていることを祈るばかりです。最後に、気持ちの良いお取引ができたことに感謝いたします。また機会がありましたらよろしくお願い申し上げます』





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― 新着の感想 ―
[一言]  面白かったです。 シンプルな短いお話ですが、オチを読めなかったです。  ありがとうございました。
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