秘妃美と常時と月海
位置情報から、この建物で間違いないと一軒のマンションを見つめる。
「四階建てのどこかか……」
「うぅ、何でのす一体」
月海はグワングワンする頭を抑えつつ、常時が見つめるマンションを見つめた。
「あら、あらあらあら?」
先ほどと違う光景に戸惑いを覚える月海。
「ここ、どこですの?」
「隣町に移動した。本来の俺の用事はここにあるからな」
「本来の用事ッ!?」
思い出す。
ダメになったドレスを脱ぎ捨て、新調してくれたぺチパンツと青色のワンピースに袖を通した後だった。
「では、行くとするか」
「どこに行くの、ですわ?」
「本来の目的である隣町までだ」
「本来の目的?」
「ああ、秘妃美に会いに行く」
「ぴぴ、み? 女性の名前かしら? あれ、あらあらあら!? いきなり浮気ですのぉぉぉぉ」
「ほら、掴まれ」
「あひゃっ」
いきなり型を抱き寄せられ、思わず変な声を出してしまった。
「特級時空魔法、瞬間旅行」
自然と足が動き出し、次第に足の回転が速くなっていく。
そして数メートル移動した時だった。
「ひゃぁぁぁぁですわぁぁぁぁ」
視界がホワイトアウトし、次の瞬間には見知らぬ場所に立っていた。
そして、今に至った訳ですわ。
「そうですわ! 秘妃美とは一体誰ですの!? もしかして、お浮気ですのぉ!?」
「ほら、行くぞルナ」
そっと手を握られ、それ以上何も言えなくなってしまう私、チョロ過ぎですわぁ。
そうして一階から順番に、扉を叩いて回る。
しかし、どこもかしこもこの時間帯は無人のようで、反応が返ってこない。
「おっと、すみません」
「いえ、こちらこそ」
狭い階段の踊り場で一人の男とすれ違う。
「そうだ、ちょっと訪ねたいのだが」
すれ違った男は怪訝な顔で、何か? と表情で返してくる。
「この建物に秘妃美という人物が居るはずなんだが、心当たりは無いか?」
一瞬ピクリと眉を動かすも、男は言う。
「言え、知りませんねぇそんな女の子は」
「そうか、時間を取らせた」
男は怪訝な顔をしつつも、階段を下りていく。
「あの男、何階から降りてきた?」
「四階の奥の部屋からでてきましたわぁ」
「ふむ。良い洞察力だ」
当たりをつけ、常時と月海は最上階の一番奥の扉まで移動する。
「それで、その人は一体何者ですの?」
「すぐわかる」
コンコン。
ノックをすると、中から「あいています」と女性の声が聞こえてくる。
「失礼、ここに|秘妃美ピピミという人が居ると連絡を貰ったんだが、心当たりは無いか?」
「……私、です」
部屋の中には、まだ幼い容姿をした黒髪の女の子が一人、佇んでいた。
「君が秘妃美か」
「はい」
「先日連絡した、常時という」
「常時、さん……」
やや怯えるような目で常時を観察していると、その後ろに居た月海が声を上げた。
「あの、秘妃美さんは『私の』常時とどういうご関係なのですわ!?」
「知らない人」
「!?」
二人の視線が常時に集まる。
「俺はお前を迎えに来た。チャンスを与える為に、ここへ来た」
「チャン、ス」
「ああ、お前の夢を叶えるチャンスだ。そして」
常時が帽子とグラサンを外し、真剣なまなざしで言い放つ。
「俺が認めた場合、一生俺に付いてきてもらう」
「どうやったら、認めてもらえるの?」
「簡単な事さ。食事をしてもらうだけだ」
「わかった、おじさんに着いて行く」
「ま、待つのですわ! 誘拐!? 告白!? 一体、何なんですのぉ!?」
「いいから、ルナも着いてこい。ほら、行くぞ」
秘妃美は思う。
このチャンスは嫌な感じがしない。それに、もしこのおじさんが言う事が本当ならば。
ラーメン風呂に入れるのかもしれない。
差し伸ばした手を取ると、三人は階段を降りる。
そして、一階につくと同時に何か凄い力を感じたと思ったら、足が勝手に動き出して気が付けば目の前がホワイトアウトをしていた。
「ぁぅ」
思わず唸り声があがる。
周囲を見渡すと、先ほどいた綺麗な女の子も唸り声をあげながら頭を押さえていた。
「ここは?」
見た事無い風景。
正面には『DODO』という大きな看板。
「入るぞ」
そう言うや否や、私達の手を引っ張りながら建物の中へと進んでいく。
建物内ではカード認証の扉がいくつもあったが、常時は当たり前のようにそれらをパスしていく。
秘妃美だけでなく、月海も何だかとんでもない場所へ連れてこられたと思い始めている。
「私、もしかしてここに売られてしまいますのぉ!?」
「一体どんな妄想をしているんだ。俺が責任を取ると言った、そんな事はせん」
「ですわぁ」
一体何なんだこの二人という感想を抱きつつも、どんどん施設の中へと進んでいく。
「お待ちしてました、お久しぶりですハンター常時」
「ああ、久しいな釜土。例の物は準備できているか?」
「勿論です。といっても、特別ですからね?」
「無理を言ってすまんな。それじゃあ準備をしてくれ」
真っ白なバスタブが設置された部屋。
その光景を前に、秘妃美は本当だったんだ、とここにきてやっと確信をした。
「ラーメン風呂の準備をする。塩、醤油、豚骨、味噌、フロマージュ、何がイイ?」
「豚骨が良い」
「わかった。秘妃美、これからこのバスタブに豚骨ラーメンを注ぎ込む! 制限時間は四十分。箸と小分け用の丼は準備している、どのように食べるかはお前次第だ。四十分後、俺が認めればお前には俺に一生ついてきてもらう。遅くなったが、この案件、受けるか否か!」
「やる。絶対にやる! 認めてくれれば、また食べさせてくれる?」
「ハハハ! もう次の事か。勿論だ、お前の食は俺が保証しよう」
「意味がお行方不明ですわぁ!」
こうして、伝説のラーメン風呂チャレンジが始まるのであった。
続く!