具零な商品《中編》
着席した二人の姿を確認すると、具零は巨大な冷蔵庫から酒樽と見間違うほどの巨大なボウルを取りだして見せる。その異様な光景を尻目に、具零は壁に立てかけられていた大きなハンドミキサーを手に取るとボウルの表面を覆っていたビニールを取り外し徐に中身をかき混ぜだした。
シャカシャカシャカとリズムよくボウルとハンドミキサーが擦れる音が鳴り響き、数十秒に一度、中身の純生クリームがしっかり角が立つほど泡立っているのか確認をしていた。
そして、納得がいったのか3分ほどしたところでピタリとその手が止まった。
「私が毎日食べている特製生クリーム。これを食べきれたら最高の一品を作ってあげるわ」
そう言うと、具零はボウルの中身に入っていた真っ白なクリームを二人の前に設置された大皿へと次々と放り込んでいく。
その量、何と総量20kg。
その半分がそれぞれの皿へと注がれたのだ。
「確認ですが、これは何ですの?」
震え声で尋ねる月海。
「ん、ただの生クリームよ。そうね、制限時間は50分てところかしらね」
「ま、待ってですの!? 生クリーム、だけですの?」
「ええ、そうよ。私の最高の一品が食べたいのでしょう? なら、私の原点にして美味の甘味よ。全部しっかり堪能してちょうだい」
まさか、生クリームのみを食べ続ける食闘になるなんて、月海は思ってもいなかった。
半面、落ち着きをみせるのが秘妃美である。
「私は、何も問題無い。このクリームの海で泳ぐ自信すらある」
「秘妃美さん、スグに食べ物の中に入ろうとしないでくださいまし!」
「ほら、タイマー動いてるよ、食べなくて良いのかい?」
「「いただきます(わ!)」」
テーブルに置かれた小さなスプーンを手に取ると、二人は同時に生クリームを頬張り始めた。
一掬い。
頬張った瞬間、口内を満たし鼻を突き抜ける程の柔らかなバニラの香りに、思わず意識を別世界に持っていかれそうになる二人。
気が付いた時には、口内のクリームは消え去っていた。
「何、ですの、このクリーム」
「美味しい……」
二人は思わず、何度も何度もスプーンを口へと運んでいく。
だが、5分もしない内にこの挑戦の難易度の高さを思い知る事となる。
「けぷ」
「む、う」
甘さ焼け。
甘味を取り続ける事で、脳内が十二分に満たされたと認識して空腹度など関係なしに食欲を奪ってしまう。
それでも、月海は持ち前の根性によりスプーンを口に運ぶ動作を止める事はしない。
一方、秘妃美は先日と同様に手が完全に止まってしまっていた。
シャリが食べたいのに食べれない、あの時の想いが蘇る。
だがしかし。
秘妃美は早速と言わんばかりに、右手に着けていたハンドアームカバーを取り外す。
そして。
「特級接食魔法解放」
秘妃美は自らの手に宿った強欲な感度を持った手をクリームの中へと突っ込んでいく。
「あ、ぅ、、、くぅ。甘い、甘い、、、甘いぃ」
秘妃美は今、手の全ての感覚をクリームの中へとダイブさせている。まるで、全身を同時にクリームを塗りたくり、その上で何度も何度もしつこく味を確かめるべく舐め続けているような、永遠と錯覚するほどのクリームへの没入。
意識を飛ばしかけるも、踏みとどまった秘妃美はクリームの中から手を抜き出すと、手にべっとりとついたクリームを舐めとっていく。
舌を這わすたびに、強烈な刺激が体中に走り、気が付けば胸やけどころか空腹すら覚えている状態となっていた。
「私は、まだ、戦える!」
そんな秘妃美の姿をみた月海は思う。
「食狂ですわぁ!」
と、心の中で叫ぶにとどめ、今は目の前にあるクリームへと意識を集中させる。
常時に応援されているにも関わらず、初戦からこんなに苦戦するとは思いもしなかった月海は、スプーンを口に運びながらも打開策を考える。
今のままでは、必ず手が止まってしまう。
そして、そんな二人の姿を見た具零は思ってしまう。
「やっぱり、こんなものか」
と。
一人は完食は出来そうだが、わざわざカロリー消費をして食べるという鋼の胃袋所持者のような食べ方をしているので、私はそういう人の食べっぷりを好まない。
美味しいもので、お腹いっぱいになって欲しいのに食べる為にその場で消費を続けるのは、何か違うんだよと感じている。
一方、馬鹿正直に食へ対して向き合っている月海といった女性に対しては好感度は高かったが、それまでだった。今のままでは、彼女は決して完食出来ない。
お前の言う大食いを極める心意気は、そんな程度なのか?
私に、お前の可能性を見せてくれ!
具零は、そんな思いを抱きながら月海の姿を見つめ続けた。
続く!




