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月海《後編》

 今まさに、復讐(リベンジ)に失敗した月海(ルナシィ)の元へスゥと近づく一人の男。

 瞳が恥辱と絶望に染まり始める中、その男は丸テーブルに手をつくとジィと月海(ルナシィ)の瞳を覗き込む。


 (わたくし)のこんな(いや)しいお残し姿を見て、笑いに来たんでしょう!?


 そんな感情を抱く間もなく、男は声を発していた。


「お嬢さん、名前は?」

「るな、しぃ」


 恥辱のせいか、それとも満腹による苦しさのせいか。お忍びで復讐(リベンジ)にやってきていたにも関わらず、正常な判断が出来ずつい馬鹿正直に名乗ってしまう月海(ルナシィ)

 そして数秒の間をあけて、ハッとして口元を抑える月海(ルナシィ)

 パッと見た目は仕草が可愛らしくもあるが、ただただ食べ過ぎた状態で喋ってえずいただけなのだが、そんな事はさも気にせず男は思考する。


「ルナ、か。ふむ、実によく考えた計略だと言いたいところだが、基本がまだまだだな」


 そう言い放つと、いつの間にか近くにいたコック帽をかぶった男へ向き直る。


「店主、いや……世界を救った九鬼神(きゅうきじん)が一人、副料理長の波池(オクタ)さんよ、この店での食事はシェア可能だよな?」


 その言葉に、波池(オクタ)はゆっくりと頷き返す。


「私の事を知っているなんて、物好きさんもいたものね」


 ウインクしてみせる波池(オクタ)は男の言葉に対し反論は何一つしなかった。

 つまり。


「田舎娘や領民をいじめてやるなよ波池(オクタ)さんよ。わざとこの丸テーブルだけ椅子を一つにして、あたかも一人で完食、食べきれなくても大丈夫だと伝える事でいつの間にか大食いチャレンジを装うような真似はよ?」


 ざわり、とギャラリーからどよめきが起こる。

 月海(ルナシィ)は一人、田舎娘って私の事!? と言いたいがとても喋れる状態では無く、キッと睨み返すにとどまっていた。


 近場にあるテーブルから空いている椅子を移動させると、月海(ルナシィ)の隣に着席した。

 そして男は思案する。


 やはりこの男は九鬼神の波池(オクタ)だったか。先の大陸最大の東西対戦の時、乙女部隊(ワルキューレたい)に派遣された一人の料理人が居た。見た目は中肉中背、パッと見は何の取り柄もなさそうなそんな男は料理の腕前、特に大量調理が得意であったと聞く。

 元々人との会話が苦手な波池(オクタ)だったが、乙女たちの容赦ないガールズトークに絡まれ続ける内に、いつの間にか口調がお姉系になって対戦から無事生還した大英雄の一人である。

 特に活躍した九人に、九鬼神の称号が与えられた。そんな一人がこの波池(オクタ)という男だった。


 この田舎町は元々食の資源が乏しく、対戦時は特に苦労をした地域だった。

 そんな地域だったからこそ、領民は皆食事を残す事を恥として日々を過ごしてきていたのだ。


 そして対戦が終結した今、帝都のお偉いさんたちはこう考えた。

 苦労をした地域だからこそ、皆が腹一杯に食べられる施設と補給路を用意し運営しようと。


 そして派遣されたのがこの波池(オクタ)という男なのだ。並盛という名の、超大盛を常日頃、戦乙女たちへと振舞っていた名残が残っているのだろう。


「ルナ、良いか? よく聞け、人間の胃袋ってのは基本的には大きさは大して変わらない。一部例外はいるが、お前さんはそんな例に漏れず、一般的な胃袋タイプだ」


 一部の例外。

 鋼の胃袋の所持者たちは、別次元なので参考にもならない。

 大陸を股にかける大魔法使いは、いつもテーブルに大皿を注文しては嵐の如くスピードで平らげ、おかわりを繰り返して言っていたと聞く。実際にその光景をみた者はこう語っていた。


「その大魔法使い様わのぅ、そりゃぁもぉ小さな胸が埋もれてわからんくなるくらい腹ぁパンッパンにしてさぁ、しまいにゃ店を破壊してどこかいっちまうんだ。ありゃ悪魔にちがいねぇさぁ」


 と。


 何故店を破壊する必要があったのかは不明だが、大皿を何枚も完食する時点で戦乙女と同じような鋼の胃袋の所持者に違いないだろう。

 他にも、悪魔就きの少年が三日三晩、飲み食いを続け致命傷をいやしたという伝説もある。


 そんな鋼の胃袋の所持者は確かに存在するが、椅子に座った男も月海(ルナシィ)と同じく一般的な胃袋の所持者である。


 故に。


「一般的な胃袋では目の前にある総重量10kg越えの食事は完食出来んよ」

「うっ、それでもワタクシは」

「落ち着けルナ。残りは米が9合、つまり約3.1kgに鳥丸ごとの唐揚げが8個、これが約6.4kg。それに加えて丸ごとトマト入りスープが1.2kgだけだ!」

「……それ、でも……」


 月海(ルナシィ)の瞳の奥に僅かな輝きが灯る。次こそは決して残さず、食べきるという決意。決して、折れない心がそこにはあった。


「ハ、ハハハ! その無垢なる(ハート)、気に入ったぞルナ。いや、声を掛けて良かった。

お前が注文した並盛(これら)、食べてしまって構わんだろう?」

「え、ええ」


 総重量10kg越え。

 まさかそんなにも大量な料理を前に、(ワタクシ)は挑んでいたの? そんな考え方、ちっともなかった私に次々に情報をくれるこの人は一体?


 いきなり愛称呼び(ルナ)と呼ばれ、少し嫌な気持ちもあった月海(ルナシィ)だが、食事を残す事は恥の極み。まさか食事のシェアが可能なんて、少しも頭になかった月海(ルナシィ)は男の提案に対して、頷いていた。


「後、俺が完食したらお前を貰う」

「え、ええ」


 一体何の事かしら、と思いながらも会話の流れで頷いている月海(ルナシィ)

 この男のは一体何者だろうか? 

 とんでもない約束をしている自覚も無く、そんな事をぼんやり思う月海(ルナシィ)を他所目に、男は唐揚げを手に取る。


「いただきます」


 パクッ、モキュゴキュ。(壱コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(弐コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(参コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(肆コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(伍コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(陸コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(漆コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(捌コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(玖コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(拾コンボッ)


「次だ」


 パクッ、モキュゴキュ。(壱コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(弐コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(参コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(肆コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(伍コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(陸コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(漆コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(捌コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(玖コンボッ)

 パクッ、モキュゴキュ。(拾コンボッ)


 あっという間に、2つの唐揚げが男の胃袋に消えていく。

 それはまるで魔法使いが幻の魔法、物質消滅を使っているのかのような光景だった。

 たった10口で唐揚げを平らげていくその姿は、月海の瞳に勇ましく映った。


「人は噛めば噛むほど満腹に近づく。だが最低限噛まねば食事は楽しめん、覚えておけ」


 そう言いながら次々と巨大な唐揚げを完食していく。

 そして、大皿の中にあるホールトマトをまるで飲み物のようにチュルリと食べてしまうと、そのまま大皿を持ち上げスープを呑み始める。


 ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク。

 ふぅ。

 ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク。

 ふぅ。

 ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク。


「ふぅ。スープ系を飲むときは空気を胃袋に流し込まないように注意が必要だ」


 そうして、残るは唐揚げ二個と3合の出来立てご飯が入っている炊飯器が三つ。


「ここまでくれば後は自分を信じて、食事を楽しむのみだ」


 巨大な塊飯をすくいあげると、パクパクパクと口に含んでいく。

 そして口を開いた時には口内は空っぽになっており、次は唐揚げを頬張る。

 それを交互に繰り返し、そしてついにその時はやってくる。


「今日も食事に感謝を。I filled(みたされた)

「お見事です」


 波池(オクタ)がそう言った瞬間、店内は溢れんばかりの歓声であふれかえっていた。


「凄い、ですわ……」


 月海(ルナシィ)は男の食事姿に魅入っていて、まるで夢の中にいるようなそんな気持ちの中、徐々に現実に戻ってくる月海(ルナシィ)の思考。


「そういえば、この人とさっき、何か約束を……」


 意識が覚醒してくる。

 そして、思い至る。


「とんでもない約束、してましたわー!?」



続く!

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