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はちみつ色の東風の姫〜公爵令嬢の恋事件簿〜  作者: 汐の音
本編 第一章 魔法薬騒動
9/84

8 見いだされた姫君と

 待て、と言った場所に当人がいないと、こうも錯乱するものかとレナードは俯瞰した。若干の自己嫌悪と反省は入り混じっている。もちろん冷静であるわけがない。



「くそっ、どこに。まさか変なやつに(かどわ)かされて」


「落ち着いてくださいレナード様。失礼ですが、ミュゼル嬢とは、一体どういった理由でこちらに?」


「……あぁ、そうか。そこから話さなければならないか」



 がくりと項垂(うなだ)れて吐息する。

 目印だった装飾的な街灯をかざす角柱付近には、やはり誰もいなかった。

 彼女を一人にしたのは十数分。幼子でもあるまいし、そのわずかな間に、何をどうすれば消息不明になれるのか。


 レナードは逸る気持ちを抑えつつ、簡潔に現状を述べた。

 なるほど、と同行の騎士も表情を引き締める。



「了解いたしました。いま、仲間が応援を呼びに行っております。必ずや妹君をお探ししましょう」


「すまない。頼む」



 では手始めに、と、若い騎士は辺りの露天商に聞き込みに向かった。

 レナードもそれに倣った。




   *   *   *




 残念ながら東公領騎士団の港内支所は手薄で、騎士が三名しか詰めていなかった。ちょうど大船上訓練が始まるとあって、ほとんどが移動したあとだったらしい。

 そのため一人には留守番を。もう一人には探索要員の増援を呼びに駆けてもらっている。

 なにしろ一回目の支所訪問でも「報告」は書面を(ことづ)けただけだった。

 よって、若い騎士たちは公爵家の兄妹が(※自発的に)潜入調査をしていた理由も、事件のあらましも何も知らなかったのだ。


 そんな手当たり次第の聞き込みをしていたとき。

 果物露店のそばで林檎をかじる子どもから声を掛けられたレナードは、その内容にぎょっとした。



「――だからぁ。あのね。そのお姉ちゃんかはわからないけど。『倉庫の路地でひとが倒れてる。騎士様を呼んで来て』って、オレ、頼まれた。林檎買ってもらったんだ」


「何っ!?」

「誰に? どこで?」


「えっと、ここで。それでね、もう助けは呼んだんだよ。詰め所まで行こうとしたら、()()()()()()()()()()()


「??? …………は?」

「騎士が? 歩いてたってことか、坊主」


「うん」



 さぁ教えたぞ、と言わんばかりに手を差し出す少年に、レナードはぴかぴかのフルール銀貨を握らせた。とたんに少年の目が輝く。



「わっ、いいの? すげえ。じゃあ、もう少しだけ教えてあげる。林檎をくれたのは女のひとだよ。顔はわかんなかったけど。めちゃくちゃ色っぽかった」


「「!!」」



 そうか、でかした、と頭を一撫で。レナードは傍らの騎士に頷き、案内を乞う。

 道すがら人混みを避けつつ、早歩きで得た情報を精査した。


(さっきの子ども……。ちょっと引っかかるな。非番の騎士がうろついてたにせよ出来すぎてる。偶然か? 林檎を与えた女は間違いなくミュゼルの失踪に絡んでる。ひょっとしたら)



「レナード様、こちらです! 一本道ですが、建物の間は細い路地になっています。おそらくは、これらのどれかかと」


「わかった」



 騎士は左側を。レナードは右側を分担して次々に路地を確認してゆく。すると――



「……え? お前っ、何を。…………いや、きみは!??」



 一筋、光が斜めに差し込む小石混じりの乾いた路地だった。

 そこに、いまの自分と同じ山岳の民の衣装を身に着けたミュゼルがぐったりと横たわっている。

 ただし、どこの馬の骨ともわからぬ男の膝の上で――正確には、名と顔は知っている。


 長らく()(くに)で学び暮らしていため、壊滅的に自国の貴族とは親交がない。それでも『貴族名鑑』は一通り頭に入っていた。


 少年が騎士と見紛えたのも無理はない。

 男は、東公領騎士団の蒼ではない、黒の騎士服をまとっていた。

 デザインは異なるものの、それは王都近衛騎士団か、北公領騎士団を示す色で……。


 ぐるぐると考えが巡る。

 何よりもその怜悧な美貌。凛とした面差しとなめらかな紺色の長い髪が男の出自を物語っていた。



「もしや。ジェイド公爵子息のルピナス殿、か……? なぜここに。それにいま、何を」


「貴殿は」



 はた、と表情を寛がせ、すぐに頬を染めたルピナスが頭上と膝の上を交互に眺める。

 ミュゼルは帽子を取り払っていた。走ってきたレナードも。

 同じ髪色、似た雰囲気。それだけで合点が行ったのだろう。観念したように目を閉じ、会釈をする。



「ミュゼル嬢の兄君、レナード殿ですね。初めまして。詳細はあとで。ひとまずは彼女を休ませなければ」


「あ、あぁ」



 はっ、と同行の騎士の存在を思い出したレナードが「ちょっと待っててくれ、人手を」と言い置き、(きびす)を返すのをルピナスは黙って見送った。

 それから俯き、ふとみずからの口を押さえる。



「やばい…………絶対、見られた」








 ――――なんで、どうしてなどとは、こちらの台詞だ。

 何だって第二王子(トール)殿下は、前触れもなくひとを未踏の地に『転移』させるのか。

 あまつさえ、速攻で与えられた“もの忘れの香”の中和薬を使わざるを得ない場面に遭遇させるのか。


 いまは、噛み砕いた薬を口移しで含ませたミュゼルがすやすやと眠るのを見守るしかない。


 困惑。言いようがない戸惑い。膝をついて抱きかかえる体の重みと柔らかさに、久しぶりに会った彼女がいつの間にか成人していたことを知る。


 ルピナスは助けを待ちつつ、悩ましい溜め息をついた。





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― 新着の感想 ―
[一言] きゃ、きゃーーーー!!!!!
[良い点] トール殿下のファインプレーに賞賛の嵐! いきなりのジェットコースター・Loveをありがとうございました。 それにしても、ルピナスぅ~~。 困惑? 戸惑い? 然も、悩ましい溜息だってぇ~?…
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