1 恋人たちの休暇
以前、うっかり活動報告返信(コメント欄ひとつ分)で生まれた小話の続きが書けたので、久しぶりに連載中に戻しました。
(コメント欄とは)
どうぞよろしくお願いします(*´ω`*)
「ルピナス、髪、伸ばしてるの?」
「ん……? ああ、これ」
王都でのつとめを終え、ルピナスは正式にエスト公爵家に招かれ、客分として滞在していた。すなわち末娘ミュゼルの婚約者として。
季節は秋。
海風はまだほのかに陽のぬくもりを宿し、ふたりが寛ぐバルコニーへと届く。
東公領騎士団――とくにエスト家が所有する軍船の魔法砲台の技術や技師の育成、エネルギー砲弾の仕組みなどを、生真面目な婿ぎみは日参して学びにゆくのだ。
これではせっかくの婚約期間が、と気を回した公爵の配慮による“休日”だった。
よって、現在ミュゼルの私室に侍女やメイドはいない。花びらを飾った小ぶりなケーキや香辛料をぴりりと効かせたクッキー、芳醇な香りの紅茶をセットして退室している。彼女たちはプロだ。慎ましく、さりげなくお膳立ては完了している。
ミュゼルは、この際なので、前々から気になっていた婚約者の藍色の長い髪に触れた。
「アイリスの身代わりをしていた頃はともかく。その……大変じゃない? 手入れとか」
広めのバルコニーに置かれたベンチにふたり、横並びに座っている。自然と距離は近いものの、ミュゼルとしてはまだ気恥ずかしかった。拳ふたつ分は空けておいたはずだ。
が、それはルピナスが紅茶のカップを丸テーブルのソーサーに戻し、こちらに視線を流して体を傾けたことで、あっけなく詰められた。
「嫌い? 切る?」
「えっと、嫌いじゃないわ。けど……ううう噂が」
「噂……?」
怪訝そうに首をひねるルピナスに、そんな心当たりはないらしい。
ミュゼルは、ぐっと言葉を飲み込んだ。
――言えない。
うちの騎士団で美形の同性を恋の相手に選ぶ、たちの悪い高位貴族のボンボンがいるだなんて。
あまつさえ、そのボンクラがルピナスを狙っているだなんて(略)
「よくわからないけど。別に思い入れがあるわけじゃないんだ。……そうだな、無意識でアイリスと双子だって目印を残しておきたかったのかも」
「アイリスと? 意外……ふたり、顔立ちはそりゃあ少しは違うけど。ほとんど同じなのに」
「だろう? 子どもの頃はもっと似てた。今なら同じ髪型にしても違うと思う。ほら」
「あっ」
はらり。
高く一本に結い上げられていた髪がとばりのようにさらさらと流れ、ルピナスの肩を滑り落ちた。
じっとこちらを見つめる夜色の瞳が近づき、そっと伏せられて唇がわずかに触れる。一見細身なのに、いつの間にか肩に乗せられた彼の手は、ちゃんと剣を振るうにふさわしい騎士様の手で。
どぎまぎと身じろぎしたミュゼルは、「信じられない」と呟いた。
「なぜ」
「理不尽だわ。髪をおろしても、貴方はもうアイリスのふりはできないってわかったけど、けど……!!」
「けど?」
可笑しそうにルピナスは瞳を細め、反対にふさふさと渦を巻いて胸元に垂れる、ミュゼルのストロベリーブロンドを指にからめる。愛おしそうに、今度はそこにキスをした。
「ま」
「待てない。私にとっては、もう、きみが一番大事だから。きみが切れというなら……そうだな。明日切ろう」
「なぜ明日!?」
婚約者殿が、ちょっと獰猛な、獣のような笑みを覗かせたのは気のせいだろうか――?
顎をとられ、もう片手を膝の上に縫いとめられ、万事休すかと身構えたとき、ふと通路からバタバタと足音が響いた。侍女たちの慌てた声を振り払い、乱暴に扉が開けられる。
バンッ!
「ルピナス殿! 貴様! 婚約したからと言って図に乗らないでもらおうか!!」
「お兄様!? お帰りなさい。え、お仕事は」
「こいつが来ていると聞いて、速やかに終わらせた」
「……そうですか……」
何となく安堵したような。でも、肩透かしを食らったような。
口の端を下げたミュゼルに、ルピナスは複雑そうに微笑み、「残念」と一言。適当に髪を片側に寄せ、ざっくりと三つ編みに結っていった。
その様子に、ベンチのうしろで居丈高に腕組みしていたレナードが感心したように唸る。
「器用だな」
「まあ……長年、サジェス殿下には侍従めいたことも仕込まれたので」
「なるほど」
言われてみると、それはたしかにルピナスの双子の姉・アイリスの夫となった王太子サジェスと同じ髪型だった。
力が抜けたミュゼルは、クスクスと笑う。
「どうかした?」
「ふふっ。だって、おかしくて。さっきまで別人みたいだったのに」
「――じゃ、いつものと、さっきのとコレと。どれがいい?」
「どれでも」
「!」
「わっ! ミュゼルっ!? こらっ、やめなさい!」
瞬間、隙をついて兄の目の前でルピナスに抱きつく妹に、レナードは色をなして剥がしにかかる。
けれども察したミュゼルは身を躱し、立ち上がってにこりと笑みほころんだ。芝居がかった道化のような礼をして見せる。
「決めたわルピナス。このあと付き合って。ちょっと、わたしと企みごとをしましょう」




