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はちみつ色の東風の姫〜公爵令嬢の恋事件簿〜  作者: 汐の音
番外編 レナード・エスト

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4 ローエンベル家の大舞踏会

 ――こんな筈では。


 赤みがかった金のくせ毛。垂れ目がちな甘い容貌に、きりりとした眉。エスト家特有の鬱金色の瞳は現在、深い苦悩を(たた)えている。


 人懐こい雰囲気は父譲りで、すらりとした体躯は母譲りだと親族からよく言われた。

 妹ぎみはその逆かな? と笑われるたび「それのどこが悪いのか」と、見境なく相手に食ってかかった。

 遊学前の幼いころ。仄かな思い出だ。


 否、いまはそれどころではなく。



「待て待て待て。どの令嬢も、だと……? どうしたんだ、僕の“能力(ギフト)”は。反抗期か? (こじ)れたのか? 嘘だろう、今さら???」



 舞踏会は、まさかのほぼほぼ白一点だった。

 婚約適齢期と思わしき令嬢がたがひしめきあうホールで、ほかに貴族男性は主催者(ホスト)側のローエンベル家当主やその係累、参加令嬢の付き添いらしき既婚紳士しかいない。

 そんな特殊な場で、ぽん、と生贄のように取り残されたレナードは冷や汗をかきつつ「すまない、休憩用の控室は」と、通りすがりの給仕の青年に尋ねた。


 主賓の公爵子息の体調を(おもんぱか)った給仕の案内により、ホールにほど近い小部屋へとふらふらと駆け込む。備え付けの長椅子に豪快に倒れると、呻くように叫んだ。



「なんでだ。()()()()()()()()()()、どの令嬢も頭から香水を被ったみたいにひどい匂いなんだ!!!!!」



 ――大丈夫? と、昨日ミュゼルが聞いていた。

 その真意と事態の恐ろしさを悟り、心底凍りつく。


(だめだ。何てことだ。このままじゃ一生独身どころか、どんな女性にも………………ッ)※以下、全年齢規定により割愛




 すると、コンコン、と扉が鳴らされ、心配そうな男性の声。ローエンベル卿本人だと通路から名乗られた。



「レナード殿。お加減は」


「良くはありません。残念ながら」


「あのう……ですよね。さすがに全員と踊るのは不可能とお察ししますが。せめて、五、六名くらいお好みの令嬢はいませんでしたか? さぞ驚かれたかと思いますが、これは王妃殿下の思し召しなのです」


「卿に娘御は」


「え? ええ、いません。妻の血縁で姪ならおりますが――いやしかし、忖度(そんたく)は不要ですぞ。妃殿下からも『ゴリ押しはなりませんよ』と固く言いつけられまして」


「そうですか…………。すみません、ローエンベル伯。もう少し休んだら行きますので、どうか楽団の演奏を始めてもらえませんか。せっかくの舞踏会ですし」


「わ、わかりました」



 ばたばたと足音が遠ざかる。その気配を、レナードはぼんやりと把握した。

 ひょっとしたらこの控室(ここ)は、宴の参加者が口説きたい相手を引っ張り込むために作られた、複数ある小部屋の一つなのかも――? 奥に幅の広い寝台まであるのがご丁寧だった。


 そこまでがっつくつもりはなかったにせよ、現状は由々しいの一言。



「しょうがない。気合いで踊るか」



 げんなりとこぼし、体を起こして扉に向かう。

 伯爵家ご自慢のダンスホール――光と色の共演、着飾った美女と美少女らの悩ましい坩堝(るつぼ)でありながら、レナードにとっては地獄の責め苦に等しい香気渦巻く危険地帯へと。


 こんなとき、うまくサポートに回ってくれる知恵者の妹は、なぜか『少しだけ遅れます。先に行ってらして』という(ふみ)だけを寄越して昼から雲隠れしていた。自由すぎる。



 ひとり、通路を進むと楽の音が漏れ聞こえる。


 そっとホールの端に身を滑り込ませたレナードは、変異したみずからの能力を“贈り物(ギフト)”とは呼べない気がしていた。



「呪いだな。まるで」



 抑えた声が地を這うのは大目に見てほしい。

 それくらい、軽く見積もって人生最大のピンチ。絶望の淵とやらを覗いた気分だった。




   *   *   *




 

 いっぽう、時を遡ってエスティア大図書館。

 真昼の受付ではちょっとした一悶着が見られた。



「なぜです、ミュゼル様? 私は、今夜は欠席の報せをもう出して……」


「いいえ、ソラシア様。是が非でも来ていただくわ。そんなこともあろうかと、さっきローエンベル邸に寄りました。『ガーランド男爵令嬢は、わたくしとともに参ります』と、しっかり伝えましたから」


「!!? 無理ですわっ。私、仕事が」



「――あ、司書長。お騒がせしてごめんなさいね。ソラシア様の午後の勤務は、うちの者で肩代わりさせてほしいの。私設図書の司書を連れてきたわ」


「お気遣いいたみいります。ミュゼル嬢」


「!! そんなぁっ!?!?!?」



 こうして連れ去られた黒髪の美人補助司書――ソラシア・ガーランドは馬車に押し込められ、めくるめく美容店と服飾店の梯子(はしご)へと連れ去られた。






「横暴ですわミュゼル様。何も、私一人が不在でも。きっと、花園のようですのに。見映えの劣る花が一輪紛れたとして、どうなりましょう」


「それ、本気で仰ってるの……? まったく。これだから生来の美人は」



 三時間ほど全身を磨き抜かれ、鏡の前に座らされている。あらゆる業者が連携しているのか、すでにばっちり支度の整ったミュゼルの傍らでは宝飾店の店員と思わしき女性がビロード張りの小箱を捧げ持ち、おすすめらしい装飾品を幾つか提案していた。


 ミュゼルは淡々とそれらの選択をこなし、ソラシアに嘆願まじりの説明をする。

 (すなわ)ち、兄が身に備えた“能力(ギフト)”の変調。

 それゆえの苦難。

 本人は気がついていないようだが、目下、王族以外では()()()()()()()()()()平気であるようだと。


 ソラシアは、ぽかん、と口を開けた。



「なぜ」


「わからないわ。わからないけど。どうか、人助けだと思って、今日の色々は受け取ってくださらないかしら……? いちおう、大事な兄なの。今夜の窮地を救って差し上げたいわ。貴女じゃなきゃだめなのよ」


「! うぅっ」



 気勢を削がれたソラシアが呻く。やがて、鏡の中の彼女は観念したように首肯した。


 舞踏会開始時刻まではあと三時間。ぎりぎりだ。

 目の前では、着々と見たことのない令嬢が出来上がりつつあった。





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