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はちみつ色の東風の姫〜公爵令嬢の恋事件簿〜  作者: 汐の音
番外編 トール王子

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15 眠りのゆくえ

前半は、ほぼ魔法薬に関するおさらいです。

読み飛ばしていただいても大丈夫です……☆


 “眠れる美女の魔法薬”は、元は、はっきりと現王太子妃アイリスを標的にしていた。ゼローナ王国の中枢富裕層で流行らせることを目的とした便宜上の名だ。

 どこの国でも、貴族層の女はこういったおとぎ話に端を発する甘ったるいイメージを好む傾向にある。


 おかげで港がある東都と販路をひらきやすかった王都では、そこそこの数を流通させられた。裏稼業に身をやつしていたときに使っていた“物忘れの香”も用いたため、騎士たちの捜査も撹乱させられた。

 ある程度、企みは成功していたのだ。


 ――結局、逆恨みの相手で大本命だった王太子妃を寝付かせるには至らず、それを逆手におびき出されてしまい、()()有りさまなわけだが。



 呪符の技術は昔からジハーク・オアシスに伝わっていた。砂漠に生息するサソリ型の魔獣から抽出した液を塗料(インク)として用い、術者が“念”を込めてまじない文字を生み出すことで発動する。古くは傷の治癒のために包帯に書いたり、逆にじわじわと弱らせるための(のろ)いの側面も持っていた。


 作物を耕すに適さない岩山。良質ではあっても小さな泉。容赦なく里を囲むアデラ砂漠。それに、他部族との果てのない抗争。貧しかったジハーク・オアシスが後者の術を暗殺稼業とともに伸ばしていったのは必然だった。


 とはいえ、シェーラが手がけた呪符は、本来は単なる美容と安眠効果を付与するためのものだった。結果論ではあるが、人間相手には効力が強すぎたのだ。


 これに関しては、解呪薬生成の総責任者でもあるトールのむかつく指摘の通り、盛大なる失敗作だった。念の込め方とまじない文字の相性が悪かったのは否めない。



 それを、この植物(マリアン)に使えと言う。


(ままよ)

 シェーラは久々に筆をとった。“念”を練り上げ、文字へと落とす。


 『この者 うつくしく眠りあれ

  安らかなるまどろみ ()く来よ

  憂しことを忘れよ 深く 深く』



「へえぇ……。もっと、おどろおどろしいかと思った。書いた瞬間は淡い赤に光るんだね。僕たちが使う魔法とは違うけど、綺麗だ」


「どうも」



 ふん、と鼻で笑ってあしらってやる。とりあえず書きつけた紙を手渡した。それから、ちょっと疑問に思う。



「――だが、どうやってマリアンに? いくら転移魔法で貼り付けたとしても、剥がされては終わりだ。おまけに、この術は効果を発揮するまでに数日かかる。そんな悠長なことは」


「大丈夫。見てて」


「?」



 トールは、またしても機材を転移させていた。

 のんびりと床に座って実験よろしく何らかの液体をランプで熱し、こともあろうに()()()()()()()()()()

 シェーラは、ぎょっと目を()く。



「何をするんだ!? せっかく書いたのに」


「気にしないで。彼女がいちばん摂取しやすい形にするだけだから。ほら」



 紙は、もともと溶けやすい材質でできていたらしい。ガラスの棒でカチャカチャとかき混ぜられた液体は糊のようにとろりとしたが、不思議と塗料の色はどこにも見当たらなかった。

(???)

 半眼を閉じたトールはランプをどかし、蓋を被せて火を消す。湯気を上げる耐熱容器に手をかざすと、ここぞとばかりに魔力をふるった。

 すると、液体はとたんに透明に変わり、湯気もなくなった。急速に冷えさせたらしい。


 ……だからといって、その仕組みがどうなっているのかは見当もつかないのだが。


 無言のシェーラが見守るなか、トールはおもむろに容器を手にし、立ち上がった。つかつかとマリアンの包囲網に近づく。

 蠢く蔓が歓喜の思念とともにトールを取り込むべく這い寄った。

 そのときだった。



「ごめんね、マリアン。少し眠ってほしい」


 “――――ッ!?”



 バシャッ、と勢いよく容器の液体を散水したかに見えたが、途中で魔法を加えたのだろう。

 容器の中身はきらきらと光り、粒子が細かなミストとなって辺りの茎や葉に吸い込まれてゆく。

 トールはみずからの袖で鼻と口元を覆い、吸い込まないように注意しているようだった。


 シェーラは気がついた。


(! そうか。だからわざわざ歩いて。自分から……)


 思えば、マリアンの最初の一撃は手ぬるかった。彼女なりにどうしようもない気持ちに駆られ、長椅子の上でほかの女に覆い被さる彼を引き離そうとしたのかもしれない。


 後ずさるように戻ってきたトールは、ちらりと横目にシェーラを窺った。「吸ってない?」


「平気だ」


「よかった。あれはね、いつも彼女に水遣りしてる方法なんだ。酷かもしれないけど、効いてくれるなら越したことはない。…………できるだけ傷つけたくないからね」



 ぱたり、ぱたり。

 さっそく蔓が落ちてきた。動きも緩慢だ。

 変色せず、蕾がそのままであることを鑑みれば、枯れたというわけではなさそうだが。


 シェーラは、口をあんぐりと開けた。



「嘘だろ。寝た?」



 砂漠の元・女暗殺者がこぼした台詞に、トールはおやおやと目をみはった。



「そりゃ、寝るだろ。誰の術をベースにしたと思ってるのさ? かつてゼローナ(僕たち)は、君一人の術にきりきり舞いさせられたんだからね」




   *   *   *




「ん……、おかしい」


「どうしました、クロエ殿」



 塔の周囲では兵士らも行き交い、日没後も異変を見逃すことがないように篝火を焚いたり、救護班の人員を増やしたりと手を尽くしていた。


 突然襲いかかられることもなさそうだと判断したミュゼルも側にいる。ルピナスは、怪訝そうなクロエの横顔に視線を凝らした。



「あ」



 ――もっと、急な変化なのかと思っていた。


 太陽は地平線に半身を沈めたばかりなのに、もう肌が白っぽい色になりつつある。茶銀に変わった髪も。これは。


 戸惑うルピナスとミュゼルに、クロエは少しだけ口の端を上げた。



「大丈夫ですよ、お二人とも。瞳の色が基準です。明るい翠玉色になったら『夜の私』ですけど。……彼女だって単に男狂いなだけで、ものの道理がわからないわけではありません。協力は望めるでしょう。ご心配なく」


「そ、そうですか」

「ええと。じゃあ、何がおかしかったの?」



 ルピナスは一瞬たじろいだが、ミュゼルは果敢に切り込んだ。

 クロエは、ああ、と視線を塔に戻す。重なる葉や蔦は、へにゃりと力をなくしていた。てっきりクロエの介入の賜物だと思ったが。



「こんな寝方をする種じゃないんですが……、人間の『眠り』に近いです。でも、完璧じゃない」


「眠りが浅いということ?」


「ええ」



 クロエは扉を塞いで垂れてしまった葉をとり、指先で繊細に触れた。


 

「すぐに『起きる』と思います。今は、とても幸せな夢を見てるだけ……むりに切りひらいては、烈火の如く怒るでしょうね。困りました。植物なのに」


「「!!! そういう問題じゃないですよね!?」」



 婚約者同士、そろって同じ突っ込みをする。

 日が暮れる。

 明らかに、嵐の前の静けさだった。





マリアンについては次話、解決をめざします!

(長くなってすみません〜)


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[一言] ( ˘ω˘)スヤァ
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