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はちみつ色の東風の姫〜公爵令嬢の恋事件簿〜  作者: 汐の音
本編 第一章 魔法薬騒動
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6 手がかりはどこに

 服装から察するに、ゼローナ南部の山岳地帯から来たらしい二人連れ。

 冷やかしか、上客(カモ)か。

 次々集まる荷に(タグ)を付け、右から左へと捌く男たちに、交易所に現れたレナードとミュゼルはそのように映った。




   *   *   *




 交易所では、港に運び込まれた荷を一手に管理している。

 船旅に慣れた荒っぽい商人たちのギルドでもあるため、その実態はひどく流動的。課税者側の公爵家でも把握しきれない部分があった。

 公然と暗部があるのは明らかであり、次代を担う者としてはレナードの言うとおりだったりする。



 そこへ、集積場で用心棒を兼ねた男が二人に近付き、「お客さん」と声をかけた。

 これにミュゼルが振り返る。



「何?」



 ギルドの男は目をみはり、ふうんと唸った。

 帽子から覗く肌のきめは細かく白い。栄養状態や見目は悪くなさそうで、見るからにお忍びの金持ち。

 傍らの青年も身のこなしがすっきりとしており、上客のほうだ。


(それか、顔も出せねぇ貴族の冷やかしか)


 ちろりと確認すると、それぞれの背には荷袋が一つずつ。売り荷は預けてきたか、ここへは買い付けに来たのか。

 どちらにせよ、『上階(うえ)』に通しても良さそうだと判断した。

 男はにこやかに奥の階段を指し示した。



「はるばるようこそ、坊っちゃんに嬢ちゃんがた。どんなものをお探しだい? 良かったら話を聞こう。階下(ここ)にはないものも、()()()()あったりするからね。来るかい」



 一瞬、問われた二人がすばやく目配せをし合う。

 それからレナードが半歩前に出た。



「ああ。世話になる。よろしく」



 こうして二人は身分を隠し、ぶじにお忍び第一関門を突破した。









 ところが。



「え? 売ってもらえない? なぜ」


「なんでも何も。そういう決まりなんだ。貴族か、王都方面の金持ちや城づとめの女にしか流せない。あんたらがルールを破らない保証はないからな」


「そんな」



 ミュゼルは途方に暮れた。隣ではレナードも難しい顔をしている。


 二階の事務室の応接スペースに通された二人は、あらかじめ決めておいた薬草や鉱石などを多めに購入している。

 そうして警戒心をほぐしてから、本題の密輸品を――と、目論んでいた。

 なにしろ、それらは当然のように正規の帳簿に記されていなかったので。


 反面、自分たちの身分を明かせばいいか? というと、そうでもない。密輸品が欲しいと仄めかした段階で「役人には言うな」と釘を刺された。領主にバレるなどもっての(ほか)なのだろう。


 半ば自治区じみた港のギルドと父の距離感から察するに、独断での権力行使はためらわれた。

 こんなことなら、最初から父の了承をもぎ取っておけば良かったと落胆が滲む。


 ギルドの上層部らしい男は、申し訳なさそうに苦笑した。



「まぁまぁ。でも、あんたらは、あんまり首突っ込まないほうがいいぜ」


「どういうこと?」


「俺らのなかでも、もっと品を寄越せって、販売元に詰め寄る奴がいたんだ。けどさ、そいつは次の日、()()()()()()()()()()()()港に放り出されてた。自分(てめえ)の仕事や名前も全部、忘れてたみたいだ」



 卓越しに、ずん、と目元を険しくした男の髭面が迫る。

 レナードとミュゼルは、ごくりと喉を鳴らした。



「悪いこた言わねぇ。あんたらは貴族への口利きはねぇみたいだし。このまま、まともな(あきな)い続けなよ」







 ――――――――――


 毎度あり、と定型句で送り出され、締め出されたドアを仰ぐ。ミュゼルは背中の荷袋を担ぎ直した。仕入れた薬草が地味に重い。

 いっぽう、鉱石の袋を担ぐ兄のレナードも足取りは優れなかった。

 時間帯はまだ早い方で、船着き場には今もひっきりなしに船が入っている。当然、あらゆる国や地方の人びとが目の前を行き交うわけで。



「!! んんっ?」


「どうかして? お兄様」



 とっさに普段の言葉遣いで訊いてしまったミュゼルが慌てて声のトーンを落とす。

 レナードは、しっ、と口に指を当てた。そのままわずかに鼻を覆う。「これ。この匂い…………近いな、間違いない」


「!? それって」


 この上なく真面目な視線を流した兄が、こくりと頷いた。きょろきょろと辺りを探っている。

 やがて見廻りの海上騎士団の一隊を見つけ、足をそちらに向けた。



「ミュゼル。きみはここにいて。もう、僕たちが探れる域をとっくに超えてる。おそらく売人側の集団はひどく周到だ。下手に感づかれる前に、いま得た情報は父や騎士団で共有しよう」


「う、うん…………、はい。わかったわ」



 ――正直、悔しかった。

 ぜったいに自分たちの手でふざけた連中を突き止めるんだと思っていたのに。


 ぽつん、と雑踏に取り残されたミュゼルが所在なさげに振り向いたのは、偶然だった。


(ん……あれ?)


 目の端を、あざやかな極彩色の衣装の裾がちらついた。

 さんざん異国の品を目利きしたからわかる。あれは、上等な染め物。こと、あそこまで原色に近い発色となると技術も限られる。


 それは確か外つ国の。

 ()()()()()()。空舞う魔物、極楽鳥の羽根から紡がれるという……――



「まっ、待って!」



 考える隙もなく体が動いた。

 追って、せめて少しでも手がかりを。外れでもいい。

 そんないっときの気持ちで身を翻したミュゼルを見咎めた者はいない。


 数分後。



「……ミュゼル? しまった、どこにっ」



 にわかに取り乱したレナードが、今度は妹捜索のために騎士たちの元へと走り、人手を募った。




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