14 マリアン、あやうし
本日、二話目更新です。
(サブタイトルを変更しました)
もうすぐ日没。そうなれば、たちまち姿も気性も変わってしまう。
保険になるか、ならないか。せめて遠目には外見の変化を気取られぬよう、すっぽりと頭から外套を被る。
玉座の間を退出後。
クロエは先をゆくルピナスに、やや戸惑いの声を投げかけた。
「ジェイド家の若君! もう、『あれ』に私の声は届かないとあれほど」
「ルピナス、ですよ。クロエ殿」
「ルピナス殿」
……――困った。複雑な心境で名を呼び直す。
てっきり、王に必要な情報を伝えたからには自分はお払い箱だと思っていた。なのに、主戦力とされた事実に合点が行かない。
藍と茜に縁取られた逆光のシルエット。蠢く緑に覆われた塔へはすぐに到着した。
優秀な騎士としても有名な公爵令息の一行とあっては、膠着状態=指示待ちだった現場は瞬く間に彼らへと主導権を明け渡した。
周囲にひとがいなくなったのを見計らい、ルピナスがクロエを振り返る。クロエの後ろには交渉の要としてミュゼル。それに、いざというときのために各方面に秀でた騎士と魔法士を数名借り受けてきた。
――近衛騎士団本隊には、区画の封鎖を徹底してもらっている。これで、万が一にも余計な被害者は出ずに済む。
夏の夕べが迫る、緋色の雲が漂う空を背景にルピナスは告げた。
「クロエ殿。貴女は陛下に植物の思念を読めると言った。なら、ここまで近付いたのです。月華草と限定せずとも、あくまで植物全般として、さっきよりは強く『これ』の意思が伝わるのでは?」
「伝わり……ます。つまり、もう一度試みよと?」
「お願いします。貴女は知らないかもしれないが、殿下は本当に危険なかたです。目的のためには多少の無茶を顧みない。出られない、翔ばせないと悟ってしまったトール王子がどんな手段をとられるか。はっきり言って、常人には計り知れないんです……!!」
「わ、わかりました。では」
クロエはルピナスを追い越して塔の前に進み出て、思い切って扉を塞ぐつるりとした葉の先端に触れた。すぐに打たれたように立ちすくむ。
(これは……嫉妬? 怒り? まるで人間みたい。でも、たしかに狂気とまではいかないわ。根気よく寄り添って鎮めれば、再び声を届けられるかも)
「――やってみます。防御を頼みます」
「お任せを」
目を瞑るクロエに頷き、離れた位置で待機するミュゼルと騎士たちに目配せをする。
こうして、トールとシェーラの救出(?)劇は静かに始まった。
* * *
いっぽう、塔の中。
無双かと思われたトールは、意外にも大人しく過ごしていた。ざわり、ざわりと触手めいた層を分厚くしてゆくマリアンに、相も変わらずシェーラを抱き寄せたまま。いっこうに攻勢に出ない。
マリアンも焼かれるのはご免なのか、積極的には近寄らなかった。いわゆる膠着状態が続いている。
「で、どうする? 転移できないのなら。枯らすことはできないのか」
「やだよ、勿体ない」
「そういう問題……ッ、うわ!?」
万事休す。またしても突然飛来した蔓草に、危うく顔を叩かれるところだった。
トールはやれやれと嘆息し、寸でのところでこれを掴み取る。案の定、先端だけを燃やしてしまった。
“――――ヒィアァァァァ!!!”
(まただ……。女の叫び声みたいな)
シェーラは、ぎゅっと目を瞑った。耳をつんざく思念の残響には頭痛すら覚える。
トールのやり方は、はっきり言ってむだに残酷だし、中途半端で危険だ。場合によっては火傷や火事さえ引き起こしかねない。
そのことを渋面で咎めようとすると、トールから「めっ」と甘く嗜められた。ご丁寧に唇に人差し指を当ててくる。
「だめだよシェーラ。マリアンを安易に刺激しては。ほぅら、躍起になって君を攻撃してきたじゃないか」
「おかしい……。どっちかといえば、花にさんざん無体を働いたのは貴方だろうに。なぜ、私ばかりが煽りを食らうんだ? 納得いかん」
「まぁまぁ。それについてはあとでゆっくり。――ええと、枯らさないか云々ってやつだっけ。出来るけどやらない。それより、眠らせられないかと思う」
眠らせる。花を……??
シェーラは怪訝そうに眉を寄せた。
トールは愉快そうに肩をすくめる。
「子守唄でも歌うのか」
「まさか。そんな呪歌があっても面白いとは思うけど」
「貴様! もっと真剣に」
「やだなぁ。僕は大が付くほど真面目だよ。ね、君。試してみる価値はあるんじゃないかな。暴走したこの子に、これを――」
言うや否や、ひらりと宙に手を閃かせる。
すると、そこにはさっきまでなかったモノが収まっていた。
シェーラは、今度こそ胡散臭そうに顔をしかめた。
「…………正気か」
「もちろん。さ、どうぞやってみて。君のいう『ジハークの呪い』を。手加減は一切要らないから、さらさらっと書いて見せてよ」
「知らんぞっ!? どうなっても」
大きさは試験管ほど。封をされた細長い瓶の中に小筆が一本。その筆先を浸すほどの分量で、黒っぽい液体が揺れている。
それは、シェーラの荷物からとうに押収されていた。“眠れる美女の魔法薬”の生成に欠かせない、特別な呪具だった。




