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はちみつ色の東風の姫〜公爵令嬢の恋事件簿〜  作者: 汐の音
番外編 トール王子

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閑話 トールの片恋

前回、6話と同じ時間軸の夜の出来ごと。トールのお話です。短めですが繋ぎとしてどうぞ。


「もう眠ったらどうだ。寝られないのか?」


「……うん。そうだね。それに近い」



 蒼く切り取られた絵画のような景色に瞳を細め、トールは答えた。

 寝酒の習慣はない。よって、寝間着姿で出窓に腰かけ、ぼうっと月を眺めている。


 名目的には犯罪者であり、監視対象であるシェーラは、いつの間にか側仕えの真似事までできるようになってしまった。元々の学習能力が高いのだろう。

 侍従はおろかメイドですら、トールの塔には基本的に立ち入らない。比喩ではなく寝室以外のすべてが植物および研究に関する資材で埋められているからだ。(※寝室のみ、メイド長の決死の覚悟と説得で居住空間が保たれている)


 青白い月光の窓部に、この部屋に馴染んで久しい月華草(げっかそう)の蔦と花々が輝く。

 本来は人知れぬ野山でまぼろしのように現れ、一晩限りで枯れる花を魔法で無理やりに留めている。

 それでも、月の光にうれしそうに咲き誇るように見えるのは、気のせいかそうでもないのか……。


 光の射し入るぎりぎりの角度まで近付いたシェーラが、腰に片手を当てながらため息をついた。



「寝ろ。貴方が休まないと私が休めない」


「先に寝てていいよ。っていうか君、本当にすごいよね。明かりを点けてないこの部屋で、()()()()()()歩いて来れるあたり」


「自覚があるなら、らくがきみたいな書き付けだのわけのわからん苗や種子だのを放置するな。そんなだから、ひとが寄りつかないんだ。これ以上私の仕事を増やすな」


「おかしい……。君はたしか、僕に見張られながら魔薬の呪い解除のためにこき使われて、ひぃひぃ言わされてるはずなのに」


「おかしいのは貴様の頭の中だ。いいな? 寝ろ。今すぐだ」


「はいはい」


 ――貴方。貴様。お前にその他色々。

 異国人でありながら流暢にゼローナ語を操るシェーラは会話の反応が良く、飽きない。そもそもゼローナ王室への畏敬の念が皆無なのが良かった。


(取り調べのときで、身に沁みてわかってるはずなんだけどな……。うちの固有能力(ギフト)の厄介さ。もう一回試してもいいんだけど)



「何だ。こっちを見てにやにやして。気持ち悪い」


「ひどいなぁ。君との出会いを思い出して楽しくなってただけなのに」


「! 『〜〜』、もういい、先に休む」



 若干、身をのけぞらせる気配。また古いアデラ語で何か、悪態をつかれたのがわかった。

 多分ろくでもない罵り言葉なのだろうが、くすくすと笑ってやり過ごす。「おやすみ」


「……ああ」



 既に礼もせず、くるりと背を向けて退散の構えだった。その背中越しに短い返事がこぼされる。


 足音も扉を開閉する音もしなかったが、彼女が護衛のための控室――現在の、彼女が唯一ひとりになれる居室――に下がったのはわかった。塔の出入り口には、とっくに魔法で厳重な施錠を施している。


 いわゆる、年頃の男女への扱いとしてこれは妥当なんだろうか……? と、たまに常識人じみた考えも頭をよぎる。



「父上も母上も、ずいぶんと思い切った処断をなされたよね。たしかに、僕なら彼女をどのようにでも拘束できるけど。ねえ? 月華草(マリアン)



 伸ばした手に絡めた蔦はひんやりとして、奇跡的に株ごと手に入れてこの部屋で開花させた夜の姿と何ら変わらない。

 神々しいまでの美しさに、ほうっと息が漏れる。それも変わらない。

 この存在がもしも、生身の女性であったなら。



「絶対に。どこの誰だろうと恋するのに。(かしず)いて一生捧げるんだけどなぁ……」



 静寂の部屋に、もちろん花からの答えはなく、トールは迎賓館のまぼろしの君を想った。




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