4 王太子の采配
いっぽう、王城。
ゼローナにおいて王室関係では十数年ぶりの慶事とあり、城も街も大いに賑わっている。
当然とうの本人たちも。
四ヶ月後、いよいよ華燭の典を挙げる王太子と婚約者の令嬢は大衣装室に籠められ、そろって仮縫い後の衣装をあてがわれていた。
式典用の純白。披露宴用の盛装。翌日以降の新婚旅行を兼ねた外遊用の旅装まで。
だが二人は、互いの姿が見えないようになっていた。なぜならば。
「……なぜ衝立を?」
「ご覧になりたいのですか?」
「当たり前だ」
父王譲りの波打つ紅の髪。それを背に払いながら、王太子サジェスはきっぱりと言い切った。
担当の衣装係である男性は深々と息を吐く。
「だめです。我々の仕事の効率上、こうしてお二人同室で進めさせていただいておりますが。倫理面はさておき、当日のお楽しみが減りますよ?」
「楽しみ……。つまり、四の五の言わずに仕上がったアイリスを御覧じろ、と」
「そういうことです」
「仕方ないな」
他愛のないやり取りに、周囲でてきぱきと手を動かしていたお針子たちも順に顔を綻ばせてゆく。
ゼローナ王室――とりわけ、長子のサジェスの人柄は温かい。
傍若無人なようでありながら配下をよく見ており、それでいて自身が手がける仕事も有能だった。
さて当面、その仕事といえば。
「いるか、ルピナス」
「は、ここに」
間髪入れずに衝立の向こうから声が上がる。
不思議と中性的な声で、凛と響き、やがて声の印象をまったく裏切らない優れた容姿の若者が歩んで来た。す、と頭を垂れて目を伏せ、サジェスに臣下の礼をとる。
「件の魔法薬。業者は何と?」
「先日差し押さえた輸入雑貨商の“ケリー”ですね。やはり肝心の向こうのことは覚えていませんでした。商談場所では、必ず香を焚かれていたそうです」
「魔法具――記憶操作のたぐいか」
「おそらく」
ちっ、と軽く舌打ちしたサジェスは仮留めがなされた紫の上着を脱がされ、身軽になった肩をほぐす。やや剣呑な視線を流した。
埒が明かんな、という呟きは小さくはあったが、口元に指を寄せ、考えに没頭するさまは張りつめた為政者のもの。自然と部屋の空気が引き締まる。
現在、王太子の仕事には王都の騎士団総括も含まれる。
騎士団の職務はその大半が王都の治安維持にあてられており、違法薬物などの取締はここ数年の課題となっていた。
手を変え品を変え、あらゆる魔薬が蔓延るのだ。油断すると。
(二年前は魔力増強薬。それから少し間を置いて今度は美容薬。……とにかく)
「エスト領へ。港からの販路確認も急務だ」
「エスト公爵は成果を出せたでしょうか。必要なら――」
「んっ?」
「うわあ」
同時にほぼ同じことを口走り、互いの言に気づく。
しまった、とルピナスが口を押さえたとたん、サジェスはにやりと頬を緩めた。切れ長の紫の瞳に悪童じみた光が宿る。
「ルピナス。頼まれてくれるか」
「はい?」
訝しげなまなざしは、もうすぐ妃となるアイリスと同じ夜色。
長い髪は癖のない真っ直ぐな藍色。整った面差しも瓜二つ。
――当然だ。彼と彼女は双子なのだから。
サジェスは一転、にこにこと人の良い笑顔となった。
「お前の母である北公イゾルデ殿より、アイリスが無事に王太子妃となるまでの間、お前の身柄は俺預かりとなっている。わかるな?」
「……はあ」
察した貴公子の眉が曇る。衝立の向こうからはわずかな衣擦れの音に加え、鈴ふる声音で「殿下、まさか?」と問う気配がした。
未来の愛妃の予想は正しい。
北公子息ルピナスはそのまま、異例の王太子権限により、件の魔法薬に関する全面的な捜査を任ぜられてしまった。
「必要な権限を与える。お前の判断で柔軟に動いていい。もちろん、東公領へ行くのならエスト公爵に知らせておこう。才女のミュゼル殿もいる。――知った仲だろう? 王都側と東公領側と、うまく連携を図ってほしい」