48 すれ違い狂騒曲
「世の中、間違ってる……!」
カッ、カッ、と靴音も高らかにレナードは王城を闊歩した。
ミュゼルの真意と決意を聞いた翌日。
王妃が上級貴族の夫人や令嬢を招いて茶会をひらくように、国王そのひとも来たる王太子の祝典に向けて三公を招聘し、各地方貴族への取りまとめを委任する手はずとなっている。
今日は、いわゆる臨時御前会議のため、北公、東公、南公らが揃って『王の円卓』に集う日でもあった。
――国王と同じ紫壇の円卓で論と杯を交わせるのは、三公家の当主だけ。
それは王権を支えた元・大公家に許された特権の一つであり、ゼローナ王国黎明期より連綿と続くしきたりだった。
早馬による報せでは、父であるエスト公ミュラーは夕方の会議開始時刻に間に合うよう王都の邸宅に着くはず。
今は午前。嫡子といえど自分が何かをする必要はないのだが、「東公代理」として自由に振る舞えるうちにさっさと登城したい理由があった。
「あいつは……、王太子殿下に謁見を申し込むほうが早いな。うん、そうしよう」
独り言ちて王族の住まう区域へと向かう。
適当な侍従を捕まえて橋渡しを頼むと、あっという間に会見を取り付けられた。東公代理様々だ。
するすると通されたサジェスの私室では婚約者のアイリスも同席しており、どうやら二人で寛いでいたところだったらしいと気づき、少しだけバツが悪くなる。
が、当のサジェスはにこにことしていた。
アイリスと言えば、ほんのりと気の毒そうな顔であり――
(?)
腑に落ちないままに拝謁への謝意を述べて用意された席へと掛ける。
すると、ようやく違和感の正体を掴めた。同じ色彩、似た容貌のアイリスがいたため、ついうっかり着席してしまったが。
「申し訳ありません。ルピナス殿は?」
「ああ、あいつなら今は外している」
「『今は』?」
「正確には今日一日だな。暇をやっている」
「丸一日もですか。彼ほど重用されている騎士で休暇となると、このタイミングでは珍しいですね。……ひょっとして、三公会議のためでしょうか? 行き先は王都近郊にあるジェイド公爵邸でしょうか」
しまった、と、素直に表情に出すレナードに、サジェスはとうとう堪えきれなくなった様子で吹いた。それを困り眉で「殿下」と諭すアイリスに、レナードはますます困惑する。
これは。
まるで、自分が王城に上がるのが最初からわかっていたような……――?
ハッとしたレナードは、やや声を上擦らせた。
「失礼、殿下。もしや、ご存知でしたか」
「何をだ」
「昨日の件です。ルピナス殿がした、妹への仕打ちを」
「ほほう。あんないたいけな令嬢に『仕打ち』とは、いただけないな。北公位を継ぐべき令息の風上にも置けん。どんなことを?」
「えっ。そ、それは」
「〜〜もう! 殿下、いい加減になさいませ。レナード様がお気の毒ですわ。せめて、正直にお伝えすればよろしいのに」
「アイリス様?」
ふだんは声を荒げることもなく、おっとりと佇む美姫の意外な一面にレナードの双眸がみひらかれる。ついでに口も開ききったところで、サジェスが派手に笑み崩れた。
「!! 殿下!」
「すまなかったな」
くつくつと肩を震わせて前置き、ふう……と脱力。
悪気なく述べられたのは、目上からの配慮というやつだった。或いは彼の身内としての。
「ルピナスなら、今ごろはエスト公爵邸だ。聞けばミュラー殿もそろそろ到着すると言うし。善は急げと言うだろう」
「は?? ――大変だ! 戻らないと」
「まあ、掛けなさいレナード。文句でも愚痴でも何でも聞こう。酒を垂らした茶でも運ばせようか」
「お戯れを」
「真面目だよ。なにしろ、あいつは我が騎士にして大事な弟分。幸せになってほしいからね」
腰を浮かせつつあったレナードは、サジェスの言葉に従うより外なかった。しかも卓上にあった菓子と冊子の束まで勧めてきたので、渋々と手に取る。
目視で確認すると冊子はゆうに十を越え、色も大きさもまちまちだった。装丁はどれも手が込んで薄い。
額に手を当てて嘆息するアイリスがかなり気になるものの、受け取った一冊をひらいて度肝を抜かれた。
いっそ無になって尋ねる。
「何ですか、これは」
「釣書だな。見合いの」
「なぜ私に」
「――甘いなレナード。うちの母の面倒見もとい世話焼きは凄まじくてな……」
「お許しくださいませ、レナード様。王妃様は昨日、我が弟がミュゼル様に求婚なさったのを人伝に聞かれたのですわ。それで『結構。では、残る王家と三公家の独り身は二人だけね』と仰って。急遽、これらをご覧いただくようわたくしたちにお申し付けになったのです」
「なかなかないぞ? こんな機会。上は侯爵令嬢、下は素行優秀な男爵令嬢までよりどりみどりだ。じっくり見ていってもバチは当たらんだろう。ほらほら」
「おっ、お二人とも……!? とくに殿下! いたいけな忠臣の将来を売るとは何事ですか!!」
「売るだなんて、人聞きが悪いな。トールに見せても薪に焚べようとするんだから、仕方ないじゃないか」
「ッ…………!!!?」
――――こうして王太子の居室に賑やかな悲嘆の声が響き渡るころ。
近衛騎士ではない、慎ましくも公爵子息としてふさわしい衣服に改めたルピナスが王都エスト邸の門戸を叩いた。
そうして、扉をひらいた筆頭家令に怪訝顔で訊き返すことになる。
「え? ミュゼル嬢が不在……。どちらへ? お戻りはいつだろうか」
「お答えしかねます」
「なに」
キッ、と僅かにまなじりが強まる。
なまじ整った顔立ちのため、本人が意図するよりもずっと迫力を増した貴公子からの追及に、エスト家の家令はそれでも譲らなかった。
ゆっくりと首を横に振って慇懃に一礼。
深々と頭を下げた。
「ミュゼル様より、貴方様にだけは行き先を教えてはならぬと、しかと承っております。申し訳ありませんが、どうぞお引き取りを」




