39 帰ってきて早々、思惑渦巻く。
いきなりお手紙からです。
〜旦那様〜
前略
このたび、ご下命によりお嬢様のアデラまでの旅にお供させていただきましたが、お二人の仲はみるみるうちに深まり、日を追うごとに微笑ましく、仲睦まじくあらせられるようでした。
詳細に関しましては別紙報告書をご覧ください。
なお、坊っちゃんからの妨害命令をひそかに受けていた白銀級冒険者ウィリアムに関しては、護衛面においては善戦しておりましたが、お二人が親密になるのを防ぐことは不可能であったもよう。
僭越ながら私から『この内容では難易度が上級ではなく最上級であった』と、ギルドに向けて但し書きを送ったことをここに記します。
随伴侍女代表 コレット
* * *
「う〜ん。さすがは元黄金級冒険者。やることにそつがない。ね? レナード」
かさり、と律義に折り目の付いた便箋を畳み、呼び出しておいた長子へと差し出す。『読む?』というわけである。
が、いかめしい顔つきのレナードはそれを一瞥しただけで、父の執務机に乗せられた紙束には目もくれなかった。
バレた以上は取り繕う必要もない。苦々しく吐き出す。
「そつがないのは父上でしょう。まさか、先手を打っておられたなんて」
「おいおい。止しなさい、人聞きの悪い」
すっかり開き直ったレナードに苦笑し、手紙を戻した東公ミュラーはやれやれと頬杖をついた。
「そんなに反対かね? あの二人の婚約に」
「! いつです。いつ、決まったんです……!?」
「いや、まだだけど」
「ですよねッ」
回れ右をし、さっさと退出しようとしていた長身が機敏に振り向いた。
つかつかと机に近寄り、バンッと卓上に手のひらを打ち付ける。
大人気ないどころか子供じみているし、いささかインク壺がぐらついたが、ミュラーはあえて不問に処すことにした。動揺する息子は面白かったし、本題は違うことだったりする。
姿勢を正し、こほん、と咳払いをする。
「――それはさて置き、当の二人は? 儂が街道視察に行っている間に到着したのだろう。さっそく、今度は王都行きの件について詰めねばならんのだが」
「王都行き」
「王太子殿下のご成婚の儀だ。そろそろ通達が来ておろう。筆頭貴族はひと月前までに王都入りを済ませ、続々集まる諸貴族をまとめておかんと…………ん? 本当にどうした。変な顔をして」
「変な顔は余計です」
(ははぁ)
ちらちらと手元に視線を寄越される。
どうやら、今ごろになってコレットの報告書が気になるらしい。
それでも頑として手を伸ばさない息子に、ミュラーは立ち上がり、ぽんぽんと肩を叩いた。
「まぁまぁ。お前も慣れぬ公爵代行や書類仕事で腐っておったろう。土産もあるぞ。ミュゼルとルピナス殿も招いて、サロンで茶でもどうだ?」
「あ、ええと……すみません父上。お気遣いは大変ありがたいのですが、二人とも出かけています」
「おや。忙しいことだね。一体どこに」
目をしばたいたミュラーは、それでも休憩の意志を変えないようだった。自分よりも背の高いレナードの肩を抱いて、なし崩しに執務室を出る。扉側で控えていた執事に目線で頷き、茶席を整えるよう暗に指示を出した。
観念したレナードはちょっと考える素振りをしてから、諳んじるように答えた。
「二人とも、別々の案件で出て行きました。ですが、今ごろは外で落ち合っているかもしれませんね」
「デートか」
「違います!」
どこかムキに、はっきり食い気味に否定したレナードが渋々と懐中時計を取り出す。確認し、溜め息をついてから言葉を紡いだ。
「――例の、ガーランド男爵家に令嬢がいたでしょう。黒髪のソラシア殿です。
正確な待ち合わせ場所はカフェスペースだったはずですが、おそらくは大図書館に。留守中の、件の所領に関する報告を受けるのだと話していました。午後の茶会を兼ねて」
* * *
「お帰りなさいませ、ミュゼル様! 外つ国でのお務め、お疲れ様でございます。ルピナス様も。よくぞご無事でお戻りくださいました」
「ごきげんよう、ソラシア様。貴女こそ……ごめんなさいね、勤務中に」
「お労いをありがとうございます。ソラシア嬢」
――――――――
あれからすぐにとんぼ帰りをした東都で、ミュゼルは数日ぶりの社交をこなしていた。
ルピナスも似たり寄ったりで、わずかではあるが縁を得た東公領騎士団詰所や本部に赴き、近隣で起きた事件はなかったかなど細かな情報収集をしていたらしい。
そうして迎えた本日。
ソラシア・ガーランドとの面談日。
『ガーランド領のことを聞くわ。来る?』
『行く』
と、即答のルピナスに安心安定の仕事優先朴念仁を感じとり、妙にホッとしたり。
――――いや、個人的には砂漠の一夜のように、やたらと接近されたり微笑まれたり、やさしい瞳を向けられては勘違いするからと厳しく律していたのだ。
その甲斐あって、帰路を含めて東都に着いてからは普段通りの彼に安心する。
出立前に抱いていた、ルピナスとソラシアへのもやもやに関しては無意識で憂慮していたものの。
(……あれ?)
ミュゼルは驚いた。
いざ、図書館のカフェで丸テーブルを囲み、給仕を受けつつ軽い歓談をすると、おかしなことに何も引っかからないことに引っかかる。
両者がにこやかなのは以前通りだが、なぜだろう。雰囲気が違う。困ったことに、どこがどうとは一概に表しづらい。
「――……さま。ミュゼル様?」
「!! ッは?」
ぼうっとして気がつくと、柳眉を下げる美女然としたソラシアに話しかけられていた。心配そうに首を傾げられる。
「大丈夫でいらっしゃいますか? まだ旅の疲れが取れていないのでは。砂漠は過酷と聞きますし」
「うん。無理は良くない。顔色は悪くないみたいだけど、何かあれば言ってくれ。私も、できる限りのことをする。気づいたことはすぐに言ってほしい。抱え込まずに」
「えっ? あ、あああの…………うん。ありがとう、二人とも」
照れて小さくなる公女に、二人とも視線が温かい。
このとき。
じつは、ソラシアもルピナスの変化を敏感に感じとっていた。
いっぽう、ルピナスはというと。
「本当に平気? ちょっと赤い」
「!!!!」
俯いて頬にかかる柔らかなストロベリーブロンドの髪に指を差し入れ、まったく他意のない様子で目を細めている。
どぎまぎせざるを得ないのはミュゼルだった。
(心臓ぅぅ!! も た な い んですけど!?)
ぱっと顔を上げて若干涙目になる少女に、確信に似たものを察したソラシアが、ほほうと指を口元に寄せる。
その後は年長者らしい落ち着きで「では手短に」と告げた彼女により、つつがなく報告会が進められた。
すると。
「え……っ、そうなの?」
「はい。私どもとしましても複雑なのですが」
――その内容と帰邸後のミュラーからもたらされた街道沿いの噂話により、ミュゼルたちは再度、きりきり舞いをすることになる。




