34 まさかのエンカウント(魔獣✕ 人物○)
「すごい」
ミュゼルは立ち竦み、ぼうっと呟いた。
戦闘はあっという間に終わってしまった。
ワイバーンたちもそれなりに奮闘していたが、いかんせん相手が悪かった。アデラ戦士たちは、もっともっと強かった。
急降下でくり出される爪や獰猛な噛み付きを効率よく避け、合間にくり出される応戦はきびきびと統率が取れたもの。いっそ、流れ作業のようにすら見える。
やがて、傷だらけになった三頭のワイバーンは次々と落下していった。
歓声をあげた飴色の肌の戦士たちは、それらを取り囲んで一斉に止めを刺して回る。さっそく素材剥がしにかかるあたりも逞しい。迅速の一言に尽きた。
(! うわっ。えぐいけど手際がいいわ。ひょっとして、彼らにとっては狩りだった……? ワイバーンって獲物なのかしら。食用ではないはずだけど)
ちらりとリアルに考えた自分の想像に、こっそりと眉をひそめる。
次いで、かなり離れてはいるものの砂塵や血煙がここまで漂って来そうで、ミュゼルは慌ててヴェールで鼻と口元を覆った。
隣では、コレットも「うっ」と呻き声をあげている。
それを気遣わしく思いながら。
見たところ、四十人ほど。
盗賊やならず者の集団ではなさそうだが、解体現場への生理的な忌避感はしょうがない。
さすがにルピナスや護衛のウィリアムは経緯を見守るべく黙って観察していたが。
そこに一騎、近づく影があった。巧みに駱駝を操り、急な傾斜の砂丘を斜めに駆け上がる。
遠目にもわかる。大柄な偉丈夫だった。
『――無事か? 隊商の…………長はお前か。そっちは、異国人のようだが』
『あっ、ああ。お礼申し上げます。我らは』
突如話しかけられたリーダーは若干たじろぎ、妙に畏まって答えた。
――曰く、自分たちはエスト商会のキャラバンであること。また、ゼローナからの客人を首都まで護送中だとも。
壮年らしいその男性は、「ほう」と、興味深そうな顔をした。彼の背後では、事切れたワイバーンから必要な部位を取り出した一団がはやくも整列し始めている。
いっぽう、こちらの隊商員たちは逃げ出した砂トカゲを呼び戻したり、散らばった荷を集めたりととにかく忙しい。
邪魔にならぬよう、様子を見るためにも、リーダーのやや後ろで待機していたルピナスはミュゼルに近づき、とんとん、と肩を叩いた。
「ごめんミュゼル。あのひと、何て?」
「待ってね。ええと」
ミュゼルは通訳をしながら、じっとジハークの男を見つめた。
――白髪交じりの焦げ茶の短髪に口髭。額や目じりの皺は思慮深さを匂わせる。武人らしく眼力が鋭い。リーダーの態度から察するに、身分の高い人物かもしれない。
鎧などはなく軽装で、目を引いたのは精緻なアデラ織りのターバン。揃いの腰帯。
ほかは、丈夫そうななめし革のベストにゆとりのあるズボン。日除けの白っぽいローブ。むき出しの首元から胸にかけては鍛え上げた筋肉が覗いているため、いわゆる百戦錬磨という感じがした。年の頃は五十代半ば過ぎだろうか。
すると、急に男と目が合ってしまった。
『お嬢さん、それに、坊っちゃんか』
『は、はい?』
「……」
咄嗟にアデラ語で答えつつ、思わず姿勢を正す。
ルピナスは問われた内容をわかっていないはずなのに、むっと眉間に皺を寄せた。
男は、にこ、と意外な親しさで表情を緩ませた。
『ディエルマの長に会いたいとのことだったな。目的は交易の打診を兼ねたジハーク・オアシス訪問のためだとか。まだるっこしいことはしなくてもいい。俺の家に招待しよう。ついてくるがいい』
「!!!! えええっ!?」
「すみません、ミュゼル様。ご紹介が遅れました。
このかたは、先代国主もつとめられたジハークの長、メルビン様です。どうなさいますか? ちなみに、この場合は誘いを受けられたほうが、のちのち角は立ちませんが」
驚きのけぞるわたしに、隊商のリーダーがゼローナ語で丁寧に教えてくれる。
傍らのルピナスが、へえ、と呟いた。
ちょっと怖いかもしれない。険のある笑顔だ。
「どうする、ルピナス?」
「どうするも何も」
一転、さらりと令息そのものの笑みを浮かべたルピナスが即答した。
「行くしかないだろ。目当てが向こうから来てくれた。しかも、代表格だ。知らぬ存ぜぬは通させない。さっさとお招きに預かって、あの女のことも呪いのことも、知ってることは全部、洗いざらい吐かせてやろう」




