32 【閑話】舞台裏の王城
短めです。
その知らせを、王太子サジェスは大変珍しい人物からもたらされた。
すぐ下の弟王子なので、近いといえば近い。
が、滅多に執政区画まで出てこない相手のため、公務漬けの自分とは会う頻度が徹底的に低かった。
おまけに決定打として、とくに仲が良いわけでもない。(※男兄弟あるある)
第二王子トールは、垂らしたままの長い金髪をさらさらと揺らしながら兄王子に向かった。
ゼローナ王城の王太子執務室に二人きり。トールは、コト、とサジェスの目の前に親指ほどの小瓶を置く。
「できたよ。東都から送られたサンプルから、僕一人で精製した。こっちが薬。こっちが――白粉。どちらも無害だ」
「薬効も?」
「治験済み。ごく普通に効果が期待できるハーブ水と、良質な化粧品だった。あ、僕が塗ったわけじゃないけど」
「だろうな」
目を細め、執務机の椅子に掛けたまま、小瓶の一つを手に取る。透明な硝子瓶のなかで、わずかに薔薇色を帯びた液体が揺れていた。もう片方には粒子の細かそうな、真っ白の粉。
魔法植物全般を偏愛し、人間の女性には見向きもしない残念な弟だが、こと、こういった研究分野においては他の追随を許さない。
その実力は疑う余地なく、二つのサンプルからは何の魔力の『淀み』も感じられない。たしかに普通の品のようだった。そこからはじき出される答えとは――
ちらり、と視線を上げる。
「知らず、生産地と化していたというガーランド男爵夫人の訴えは正しいか。では、原因は容器……まじない文字のラベルか?」
「そうだね。時間をかけて、じわじわと呪いを浸透させるやつ。『呪符』と呼ばれる術だと思う。主に、向こうじゃ貴人を弱らせたり、暗殺なんかに用いられたらしい。毒の代わりに」
「向こう……外つ国大陸のアデラか?」
「歴史上、何度かゼローナにも手は伸ばされてる。由緒正しい暗殺者集団を抱える部族があるらしいね。ルピナスの報告書にもあった。ジハークの呪術で間違いなさそうだ」
「父上も頭の痛いことだな。そうか、やっぱりジハークの………………って、あああ! くそっ。完全に外交問題じゃないか。呑気にちんたら末端ばっかり探ってる場合じゃなかったぞ。畜生」
「ルピナスのお陰だよねー。ひいては、彼を『翔ばした』僕の」
「……」
にこにこ。にこにこ。
じつは、仮にも北公からの預かりものである彼を無断で転移させたトールには、家臣たちから暗に非難の声が上がっていた。
ルピナスは、近衛騎士としても、未来の王妃の弟公爵にしても好人物と評価が高く、そんな人材を独断で転移させるような無茶な王族を、近々設立予定の『魔法植物研究所(仮)』の所長に任じて良いのか――など。
ちゃっかり者の弟は、彼を転移させた事実そのものと、自身の腕前一つで帳消しにしたいらしい。
(肝心の北公も、抗議文は届けて来ないし……。こいつめ)
北公――北の守護将軍イゾルデ・ジェイド女公爵は、そんじょそこらの男では太刀打ちできない剛の者でもある。
遠く離れた領地を預かる彼女ら三公の忠心を筆頭に、父王オーディンの治世は盤石で揺るぎない。概ね諸侯らも争う気配はなく、ちょっとした自由は通ると見越した確信犯だな……と、遠い目で小瓶を戻した。
「わかった。父上たちにはそのように」
「ありがと、兄上」
華やいだ笑みを残し、トールが出入り口に向かう。すると、ふと何かを思い出したように扉に手をかけ、振り返った。
「そういえば、ルピナスって今は何処? 戻ってないね」
「! そうか、お前。薬の検証で自室に籠もってたからって、通達書類にも目を通してないな……? あいつなら」
キィ、と椅子を鳴らし、嘆息混じりに立ち上がる。窓際に立ち、コンコン、と背後の硝子戸を叩いた。
「もう、とっくに東公息女のミュゼル殿とともに海を渡ってる。砂漠の国の、現在の首都はディエルマ。大使としての箔は付けてやれなかったが、そこはエスト公爵の人脈があるから大丈夫だろう」
――――今ごろは、ひょっとしたら勢い余って件のジハーク・オアシスまで辿り着いてるかもな、と。
遥か向こう、東の空へと視線を投げかけた。




