27 少しずつ、進展?
「ただいま、ミュゼル」
「お兄様……! お帰りなさい。騎士団も一泊したんですね。調査はいかがでした?」
エスト邸に帰ってしばらく。空がオレンジ色に染まり、旅装を解いたあたりで、もう一台の馬車が正門をくぐり抜けた。レナードだ。
ちょうどエントランスから伸びる大階段の踊り場にいたミュゼルは、急いで残りの段を駆け降りた。
小柄でぽっちゃりだが、見た目よりは機敏だと自負している。ちなみに淑女としてはアウトだ。
レナードは妹を軽く抱擁したあと、いたって普通の歩速で降りて来るルピナスも視界に納めた。反射で目を細める。
が、眼下の妹のふわふわ髪や愛らしさには癒されるほかなく、最終的にはにっこりと笑う。そのまま小さな巾着を懐から取り出し、そっと手渡した。
「はい、お土産」
「ん? ええと。これは」
「お疲れ様です。レナード殿」
「ああ。きみも」
――一見、穏やか。
ルピナスは内心苦笑した。
レナードには常に心理的な距離を取られている自覚がある。また、その原因も。
そのためミュゼルの隣には行かず、斜め後ろからの簡単な挨拶にとどめた。
レナードも、こうあっては流石に難癖を付けられない。表面上はさらりと北公子息を労う。
ミュゼルは、そんな兄に少しだけ呆れた。
(お兄様ったら、どうして彼を毛嫌いするのかしら……? 剣や乗馬が得意じゃないから? 劣等感??)※違います
やれやれと、手のひらの巾着から中身を取出した。それは――
「あら。石?」
「うん。何の石かわかる?」
「ううん……そうねぇ」
ミュゼルは石をつまみ、シャンデリアの光に当てては角度を変えた。
色は黒褐色。削り取った断面と思わしき面には、うっすらと星をちりばめたような輝きがある。単なる石塊ではないとすぐにわかった。
でも、それだけだ。
ミュゼルは目利きの修行のため、貴石に関しても相応の知識がある。なのに、手のなかの『これ』はさっぱりわからなかった。頭を振って素直に降参の意を告げる。
「何かの半貴石かしら。色は中途半端だけど輝きがラピスラズリみたい。もっと漆黒なら宝石にできそうだけど……何なの?」
石を返すと、レナードはおやおやと片眉を上げた。
「偶然だけどね。例の崖まわりから小舟で接岸できる場所がないか探ってたら、洞窟を見つけた。その岩壁が全部、これ――『星闇鉱』と呼ばれる鉱脈だったんだ」
「星闇、鉱」
「知らなくてもしょうがない。あっちの大陸では一般的な鉱石だ。加工すると光を含む白っぽい顔料になる」
「!! それって」
「まさかこれが、アデラ人がガーランド領で見つけた“岩”だったんですか? 工房で見かけたものはもっと真っ黒で。扱いやすい形で積まれていました。熱すれば表面に白い粉が」
「そうそう、そんな感じ――」
つい、一歩踏み出し、ミュゼルに並んで同じように話に食いついたルピナスが興味深げに瞳を輝かせる。
レナードは、息がぴったりな二人に若干複雑そうな表情になった。
「………………まぁ、そうだな。とにかく男爵領の北西沿岸部は、そういう意味で宝の山と見ていい。後日、うちから正式に地脈師を派遣するよう父上に進言してみる」
「では」
はっ、と目をみひらいたミュゼルが期待を込めて兄を見上げる。
レナードは再び石を袋に仕舞った。
白い巾着をゆらゆらと揺らし、ふ、と微笑う。
「ああ。これはサンプルとして王城に送るけどね。もし、トール殿下みずから検証してくださって、原料と呪いに因果関係がないとわかれば、ガーランド男爵家はそこまで罪に問われないだろう。
――魔薬事件さえ解決できれば、新たな産業として続けられる。ほかの貴族に食い荒らされないよう、エスト家から出資してもいい」
「よかった……!」
「そっちは? それぞれの植物由来サンプルは調達できた?」
レナードと目が合ったルピナスが、こく、と頷く。
「もちろんです。でも、それはあとにしませんか。詳しくはミュラー殿が戻られてから。ひとまず、休まれては」
「……うん。そうさせてもらおうか。では晩餐で。すまないね、ミュゼル。足を止めさせた」
「あ、いいえ。大丈夫よ、お兄様」
「ごゆっくり」
チャーミングな淑女の礼を残し、さっとミュゼルが館の別方向に進む。
遠ざかる二人の会話から察するに、どうやら公邸内を隈なく案内しているようだった。
(………………)
まじまじと思い返しても、こう、初見以外に取り立ててあらを探しにくい。
しいて言えばそつがなさすぎる。そして天然。
無意識の男嫌いでもある、妹の鉄壁を無効化してのあの『友人』ぶりには胸騒ぎに近い、いやな予感を覚えた。杞憂だといいのだが。
「部屋に下がる。晩餐には呼びに来てくれ」
「は」
側で外套を受け取り、無言で控えていた老家令にひとこと言い添える。
賢明なるベテラン家令は、もちろん主家の嫡子の、数少ない困った性格の一点については何ら言及しなかった。
なんというか、シスコンです。