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はちみつ色の東風の姫〜公爵令嬢の恋事件簿〜  作者: 汐の音
本編 第二章 穏やかならぬ恋

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26 晴れる嫌疑、むら雲の姫君

 工房からの帰り道。ポクポクと鄙びた石畳を打つ(ひづめ)の音が響くかたわら、ソラシアは、ぽつぽつとミュゼルに語った。

 馬車に乗って開口一番、思い切って質問したからだ。


 ずっと不思議だった。なぜ、仮にも貴族である彼女は(ルピナス)を北公子息だと見抜けなかったのか――家名を伏せられたにせよ。

 ルピナスはジェイド家特有の濃い藍色の髪をしている。

 劇場で喜々と情報をもたらしたドロッセル・ベルナール夫人は、おそらく彼の名と髪色、『貴族名鑑』と一致する背格好だけで判断したはずなのに。



「――そうですわよね。まったく、面目ないことなのですが」



 苦笑まじりに前置いて話されたのは、ソラシアがデビュタントもそこそこに社交界から姿を消した四年前の経緯(いきさつ)だった。


 その頃は父親を亡くし、逼迫(ひっぱく)した家計を助けるため、さまざまな仕事をこなす必要があったのだという。――裕福な平民家庭の子女への家庭教師(ガヴァネス)、中小商会の事務職、ときには売り子まで。すべて父方の縁だった。


 それらの努力がようやく結実したのが一年前。試験に合格し、晴れて大図書館補助司書の職を得たことで生活は安定した。

 とはいえ毎日忙しく、ドレスを新調する余裕があるのなら仕送りに回したい。世間一般の貴族令嬢のように夜会や茶会に精を出す暇はなかった。


 かつ、彼女の母はもともと貴族社会に興味がない。

 男爵家にあった『貴族名鑑』は祖父の代のもので、父と結婚していた母が爵位を継いでからは一度もひらかれなかった。お披露目のパーティーすら微々たるものだった。


 かろうじてゼローナ東部の大元締めであるエスト公爵家には義理立てしたが、他の貴族家とはすすんで関わろうとしない。

 そんな家風が落とし穴となり、ソラシアは名ばかりの男爵令嬢となっていった――と、自嘲した。

 そもそも、公爵家の嫡男ともあろうかたが単身で市井(しせい)を訪れるわけがないとも。





(ううん…………。そうよね、言ってることに間違いはないわ。お家のことも、もちろん気の毒なんだけど)


 ミュゼルは複雑な思いで困り顔となった。内心頭を抱えている。果たして、自分は『そこから先』を聞いてもいいのだろうか、と。


 ――――昨夜はなぜ、客間まで来たの? 何を話したかったの。貴女はいったい、()()()()用があったの?


 ぐるぐる、ぐるぐる考えても堂々巡りの迷宮入り。

 聞かなければわからない。

 けれど、聞いてはだめな気がした。


 口をつぐんでいると、ふとソラシアに不安そうに尋ねられた。



「あの……ミュゼル様。今後、私たちガーランドの民はどういたしましょう。母の了承は必要ですが、工房は閉鎖すべきですよね? 我が領には責がございます。倒れられたかたには賠償なども」


「えっ!? いいえ、そこまでは……? 詳しくは父が王城と協議して決めるでしょうけど。これは、貴女がたを処断して解決するような問題じゃないわ。

 工房でできたばかりの品も検証が必要よ。王都で売られていた品については解析済みなの。『製造段階では生まれようのない効果だった』と、魔法にお詳しいトール王子が仰っていたそうだから」


「まあ! なんてこと。第二王子殿下が?」



 王族の名を具体的に出され、ソラシアは声を震わせた。ひどく恐縮している。

 大丈夫、大丈夫と宥めるミュゼルを横目に、騎馬で付添うルピナスは、こっそり遠い目になる。



(いや、トール王子は大の植物狂い(マニア)だし、言ってることが魔法に関しちゃ常人離れしてるうえ、前触れなくひとを任地に翔ばすような、けっこう無茶苦茶な御仁なんだけど……)



 カラカラカラ、と軽やかな車輪の音に紛れるように、藍色の髪の令息がこぼした長大な溜め息は、この場ではうまい具合に風にかき消された。




   *   *   *




 その日、男爵邸では夫人にも視察の真意を教え、さすがに青ざめた母をソラシアが側で支える一幕があった。

 工房に関しては、働き手の女性たちに物品の横流しの厳重注意を申し渡したうえ、賃金を上乗せすること。当面の資金はエスト家が無利子無担保で受け持つとミュゼルが確約した。


 そのため、閉鎖はしない方向で。出来上がったばかりの品質を確かめるべくサンプルを分けてもらう取り決めをして話し合いは終了した。


 夕方には、一行はガーランド領を発った。少し遅めの夕食には間に合うだろう。黒塗りの馬車で、今度はルピナスが相席している。

 「母が心配なので」と、親孝行なソラシアは、休日をとっていたあと二日は邸に残ると言っていた。しっかり者なので男爵家はとりあえず安心だろう。



 あとは――――



「話のわかるかたで良かったね。ソラシア殿に任せれば、ゆくゆくは領地も上向きになりそうだ」


「うん」



 ほっと吐息するルピナスは相変わらず隙がないが、それでも眉間を和らげていた。対面のミュゼルも、こく、と頷く。

 あとは、自分たちとは別行動でガーランド領(ここ)に小舟が接岸できるかを検証中の兄と騎士団の報告を待つだけ。それで、今回の事件でエスト家ができることは終わってしまう。



 ――ルピナスは。



(彼は、事件が解決したら、また王都に戻っちゃうのよね)


 少しだけ口の端を下げたミュゼルのしょんぼり顔は、用意周到に扇の影に隠されており、本人の努力と意地により、車窓を眺める相手には欠片も覗かせなかった。





意訳:ミュゼルがもんもんとしてます。


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― 新着の感想 ―
[一言] もんもんミュゼルたんきゃわわ( ˘ω˘ )
[一言] そりゃ気になる……(※意訳:私も気になる)
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