25 どうしてそうなった ☆
「さ、説明してもらおうか」
「へ? な、ななな何を」
* * *
視察中。
ちょっと宜しいでしょうか、などと声をかけられ、同行していた面々に断りを入れたルピナスによって、突然連れ出された。
本当に『ちょっと』なのだと油断していたミュゼルは、調薬室兼工房から出てすぐの空き部屋に引き込まれる。
カーテンを開けたままの静かな部屋は、本来ならば診察や治療を行うための場所のようだった。有無を言わさぬ強引さで腕を引かれ、薬棚の奥――扉からは目につきにくい窓際まで押しやられる。
(??)
護衛騎士に扮したルピナスはミュゼルの腕を離すと退路を断つように壁に手を付け、容赦なく距離を詰めた。
こ れ は。
「……ルピナス。これ、いわゆる壁ドンじゃないかしら」
「はぐらかさないで、ミュゼル。きみ、なぜあれを躊躇いもなく使ったんだ……? 悪影響があるとは思わなかったのか。中毒とか」
じりっ。
(〜〜!!!)
窓際の光を後背に受け、美形の真顔が迫る。ミュゼルは負けじとにらみ返しつつ、さすがに動悸を覚えた。
認めよう。どきっとした。
だが、断じて恋なんかじゃない。性差を超えたうつくしさに負けたんだ――!
わけのわからない敗北感をはね退け、ぐっと顎を引き、ひそひそ声で訴える。
「大丈夫よ。王都からの報告書でも、たった一度の試し塗りで症状が出るひとはいなかったわ。だから」
「そういう、問題じゃない」
「え?」
頭ひとつ高い位置にある顔が焦りに歪み、たいそう悩ましげだった。藍色の露草が風雨に耐えるようで、まるで、こっちが一方的に悪いことをしたかのような錯覚に陥る。
真っ直ぐで揺るぎないまなざしに見入る。魅入られたように目を逸らせない。
ミュゼルは不思議な感覚に捕らわれた。
窓からやや離れた、こちらは薄暗かった。
ルピナスが距離を縮めることで、視界はさらに翳る。
物語なら一直線に、このあと二人は…………となるのだが。
――ゴンッ!
「!? 痛ぁ!?!?!?」
「反省して。『もしも』とか『万が一』って考えは、常に持つこと」
「痛い……石頭。ええと、それってイゾルデ様の教え? ジェイド家家訓かしら」
「そうとってくれて構わない。――……ん? 誰っ」
「!!」
そのときだった。
コツ、と戸惑うような靴音が通路側で鳴り、おずおずとソラシアが薬棚の硝子戸の向こうから現れる。
表情からは、ありありと「聞いてました」と読み取れた。
ミュゼルは、あーー……と達観した。
色々とややこしかったが、これはもう打ち明けるしかない。ちらりと首を傾げ、斜め下からルピナスを覗き込む。
「万が一。なるほど。起こってしまうものなのね」
「……」
ルピナスは視線を受け、ちょっと気まずげにミュゼルから離れた。
* * *
その後は残りの騎士二名もまじえ、施薬院の院長から借り受けた応接室で、ソラシアに、こんこんと幾つかの事実を打ち明けた。
第一は、これが王妃名代としての視察ではなく、王都魔薬事件の捜査の一端であること。被害はすでに東都でも見られるということ。港の大捕物とその失敗についても。
ふだん大図書館で働くソラシアは、エスティアの職員寮で暮らしている。ゆえに自領でアデラ人と会ったことはない。
だからこそ工房で働く女性たちが彼女から金銭を受け取り、悪気なく白粉や美容薬を渡していたことにショックを受けていた。その大半は、これからのガーランド男爵領民への教育や、母親へのお説教の熱意に取って代わるわけだが。
本人が最も噛みしめるように呟き、確認していた第二の事実は、彼女がそれを受け止める間、打ち明けた側としても妙に緊張した。
外の小鳥の囀り、階下の工房から伝わる作業の気配が、いっそう部屋の静けさを際立たせた。
「ルピナス様は……ルピナス・ジェイド様。ゼローナ三公家の一つ、ジェイド公爵家のご子息だったのですね」
「すみません、ソラシア嬢。任務のためとはいえ、貴女にはずっと身分を伏せたままで」
「! えっ、いいえ。そんな」
ソファーに座ったまま、こだわりなく頭を下げる北公子息殿に、ソラシアが半ば腰を浮かせて両手を振る。
まぁまぁと対面のミュゼルが諭すことで、ようやく落ち着いた。
切ない溜め息をついたソラシアは、まじまじと頬に手を当て、正面に隣り合って座る二人を見つめた。
「では。お二人は婚約者同士でいらっしゃるのですね。そうとは知らず、大変失礼をいたしました。先ほどもですが、昨夜もずいぶんと親密でいらしたので………………はっ、まさか事実婚を」
「それはない」
「違います」
「「(!?!?!?)」」
切り出したガーランド男爵令嬢の意外な大胆さもだが、息ぴったりの否定の言葉と、その前段階の(夜って何だよ)という一点において、同行した東公領騎士団の面々はそろって顎を落とした。




