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はちみつ色の東風の姫〜公爵令嬢の恋事件簿〜  作者: 汐の音
本編 第二章 穏やかならぬ恋

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21 海の彼方、陸の此方

 港湾の都エスティアは、海に向けて注ぐ運河の両脇に街を整備し、人の出入りを管理するための郭壁を完備している。

 運河も港もきっちり舗装され、とくに港は外洋船のためにあると言っていい。小型漁船や小舟などでは到底接岸できないからだ。(※近づく前に大型船の死角に入り、大破や転覆の怖れがある)


「――だからね。ここは、海に向かって運河の左が商用船。右が軍船のための港なの。魚を獲ってるところには出くわさなかったでしょう?」


「たしかに」


 こく、と頷くルピナスは寛いだ部屋着。湯上がりでほかほかだ。

 夜に会おうと決めたわたしたちは、主賓館の一室に詰めていた。夕食を終えた団らんのひととき。レナードも入浴は済ませたようで、二人とも髪がしっとりしている。


 なんで、男のひとのくせにいい匂いがするんだろう……などと益体(やくたい)もないことを考えつつ、ミュゼルはめげずに地図を指差す。軍港の端。郭壁の途切れる海沿いに小さな支流が注いでいた。

 昔、ここで農業もなされていた頃の、古い用水路跡と聞くが、エスティアで小舟を使用できるのは大なり小なり街の沿岸部を網羅する運河しかない。


 ミュゼルは、自身も風呂上がりではあるが、それなりに客人の部屋を訪問できる程度に整えたはずの巻毛が、ふわふわと頬にかかるのをうるさげに左耳に掛けた。

 片側から赤みがかった金の綿雲が消え、ようやく視界がすっきりとする。



「……これはわたしの考えね。ルピナスの言うとおり、あのひとが屋根伝いに駆けたのは南東方角だった。そのまま貸倉庫群の裏手の生活用水路の小舟に潜んで海に出て、こっそり逃れたんだとしたら――こっち。入江がいくつもあるの。漁村も洞窟も、貴族の別荘がいくつも建ってる保養地もあるわ。怪しいのはこの辺だと思う」


「僕も、それしかないに同意見だ」


「…………」


「? どうかして? ルピナス」



 いよいよ追跡の目処が立った気がして高揚していたが、ふと視線を上げると、ばちりと目が合う。

 「えっと」と言葉を濁したルピナスは、おもむろに自身の上着を脱ぐとテーブルを回り込み、前かがみに卓上の地図を覗き込んでいたミュゼルの肩へとそれを掛けた。さらに袖部分をショールのように巻きつけられ、首元を隠されてしまう。


(?)

 そんなに寒そうだったかな……と、怪訝な思いで見上げると、いいから着てて、と念押しされ、余計に疑問符が頭を埋めた。

 すたすたと正面の席に戻ったルピナスは、見た感じ真顔でしかなく、気を遣わせたことに少し、しょんぼりとする。

 ちらりと隣の(レナード)を窺うと、こっちはこっちで片手で目元を覆って軽く項垂れており、「しまった。僕としたことが」とか何とか、呻いている。


(??? ……??)

 いい加減、なんなの?? と、叫びたくなる手前で、紳士たちはようやく次の議題へとかかってくれた。


 すなわち、あの日。

 取り逃がした女の正体について。




   *   *   *




 ルピナスはダガーで応戦したが、相手は(ムチ)や吹き矢を自在に操る手練だった。しかも、木箱と石塀を足場に容易に屋根の上へと駆け上がる身軽さは(ただ)びとではなく、かなりの訓練を受けた間者のようでもあった。

 つまり。



「呪術と暗殺の一族と名高い、アデラ連合首長国の主要部族の一つ、“ジハーク・オアシス”の民で間違いないね。それだと」


「暗殺者!?」

「やっぱりですか」



 今度は海図を広げ、()(くに)と呼ばれるゼローナ南東に位置する中規模大陸を指して、レナードは嘆息した。



「ううん……。“ジハーク”はね……物騒なお家芸で名高い部族ではあるけど。いちおう、現在国主をつとめる“イリノハ・オアシス”の一つ前の筆頭部族に当たるんだ。その頃はわりと穏健派で、国交もあったんだよ。――八年前かな? 当時の首長と、その家族が使節として王都に来てた」


「外つ国から直接? それは……、よっぽど交易に前向きだったんですね。いまは?」



 驚くルピナスに、レナードが肩をすくめる。



「いまもだけど、当時も同じ。どちらかといえば連中、ゼローナ王室と婚姻関係を結びたかっただけみたいだ」


「婚姻……。あっ、王家の能力(ギフト)ね。“転移魔法”目当て?」


「そういうこと」



 はっ、と目をみはると、いかにもよくあることだよね、とぼやいた兄が腕組みをした。ソファーの背にもたれ、天井を仰いでいる。


 ルピナスもつられて視線を追った。――自分もむりやり翔ばされた身なので痛感するが、我が国の王家に代々伝わる特別なギフトは強力だ。その気になれば世界も制圧できる。

 また、どんな暗殺者もよほどでなければゼローナ王族は仕留められないだろう。彼ら自身が神出鬼没だから。


(そんな力だからこそ、歴史上何度も狙われたんだけど。懲りないなあ、外つ国も……)

 やれやれと、ミュゼルも溜め息をつく。


 因縁がありそうなのはわかった。

 けれど、仮にもアデラの筆頭部族をつとめたオアシスの民が、今更なぜ――?

 疑問は尽きないが。



 「とりあえず」と、ルピナスから借りた上着の袖を抱きしめるように掛け直し、二人に提案をした。


 まずは王城に報告と、トール王子から薬の成分について詳しい内容を送ってもらうこと。

 それから、(くだん)の小舟で行けそうな近隣の入江一帯に騎士団を派遣して調査する旨を取り決め、夜の会議は粛々とおひらきになった。



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[一言] >そんなに寒そうだったかな……と、怪訝な思いで見上げると、いいから着てて、と念押しされ、余計に疑問符が頭を埋めた。 あっ……(察し)。
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