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はちみつ色の東風の姫〜公爵令嬢の恋事件簿〜  作者: 汐の音
本編 第二章 穏やかならぬ恋

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19/85

18 噂

「え? もう……?」


「はい。ジェイド公爵令息はずいぶんと早くお出かけに。申し訳ありません。ええと、何かご伝言でも?」


「あっ。いいえ、いいの。ありがとう」




   *   *   *



 

 翌日。

 起き抜けにすぐ身支度を整えたミュゼルは、急いで公邸主賓館を尋ねた。昨夜は三人の帰邸が遅く、ゆっくりと時間を取れなかったためだ。

 が、客室はもぬけの殻だった。がっかりして元来た回廊を渡る。



 ――毎朝、ミュゼルは習慣として大まかに家族の予定を侍女から聞き、それをもとに一日の行動計画(プラン)を作成する。厳密に決めるときもあれば、そうでないときもある。

 成人前に一通りの学問を修め、成人後は社交や慈善事業、趣味の市場調査にいそしんできた気軽な身ではあるが、ルピナスは大切な友人だ。

 王太子命令によって文字通り“翔ばされた”彼には、恩人としても、同じ王命を戴く公爵家の一員としても、最大限に心を砕きたいと思っている。なのに。


(単独調査って。()()があるということ? 東都は不慣れなはずなのに。わたしは、そんなに頼りないかしら……女だから?)


 悶々としつつ食堂に向かうと、すでに書類片手に食後茶を飲む父と、これから食事らしい兄が同席していた。宴席とは違い、ごく普通の長方形のテーブルでのんびり寛いでいる。

 壁一面が強化硝子と優美なフォルムを描く鉄材で(かたど)られたアーチの下は、中庭のテラスに出られるよう、どこも両開きの扉になっている。

 燦々と差す朝日に、大好きな家族。その風景にほっこりしたミュゼルは、淑女らしく朝の挨拶をしてから着席した。二人とも「おはよう」と、目を細めて返す。

 やがて執事やメイドたちが入れ代わり立ち代わりミュゼルの朝食を運び始めた。






「ところで、昨日のことは聞いたかね? ミュゼル」



 片眼鏡を外し、書類から目を離したミュラーは、立ち上がるついでのように娘に声をかけた。ぱち、とミュゼルが瞬く。



「いいえ。さっきルピナスの部屋に行ったのですけど、もう外出していました。どうだったのですか? 見つけられなかったというのは、今朝、家令を捕まえて聞きましたが」


「ミュゼル……セドリックももう年なんだから。あんまり乱暴にしちゃだめだ」


「失礼ね。たまたま、通路で会えたからです」


「彼も運がなかったね」

「お兄様!」


「まぁまぁ。うん。わかっているなら話は早い」



 じゃれあいのような兄妹喧嘩に形ばかりの仲裁を入れ、ミュラーは食後茶を飲み干した。カチャ、と受け皿に器を戻す。上着の内ポケットから懐中時計を取り出し、椅子から立ち上がった。



「儂はもう行かなければならないが、レナードはいる。知りたいことはレナードから聞きなさい。じゃあね。良い日を」


「はい」

「行ってらっしゃいませ。お父様」



 兄妹二人、会釈で送り出す。

 軽やかな足取りで去る父の背からは、あまり事件の深刻さは感じられず。

 ミュゼルは、大丈夫だったんだろうか……? と内心首を傾げつつ、ソースをからめたハムと葉野菜を一緒にフォークで刺した。




   *   *   *




 エスティアには港だけでなく、陸向けの市場や貴族御用達店が幾つも立ち並ぶ高級区画、演劇や歌劇を楽しめる劇場もある。観光産業も盛んだ。

 ざっと昨夜の報告を終えたレナードは、今日はこれらの施設を回りたいとミュゼルに願い出た。

 つまりパートナーとして、社交の先輩として、出会う貴族に紹介してほしい。どんどん顔を広めたいということだろう。


 それも必要なことと理解するミュゼルは、二つ返事で了解した。

 ルピナスのことは非常に気がかりではあったが――


 出先で彼の名を、まったく違うふうに聞いてしまったのは、偶然だった。






「あら? ごきげんよう、ミュゼル様。今日は兄君とご一緒なのね。てっきり、お客様のジェイド公爵令息といらっしゃると思いましたのに」


「! ごきげんよう、ドロッセル様。お久しぶりです」



 高級区画のなかを歩き、めぼしい店舗ややり手の店主らにレナードを引き合わせたあと。休息を兼ねての演劇鑑賞だった。

 まだ昼過ぎということもあり、内容は明るい恋愛もの。令嬢が好みそうな騎士と王女が題材だったこともあり、小休憩のロビーは花が咲いたようだ。


 レナードは、開始前にばったり会えた幼馴染の青年貴族らと盛り上がり、離れた場所で歓談に興じている。それぞれ婚約者連れらしく、長話はできないだろうが、次に会える約束くらいは取り付けられるだろう。


 兄の社交復帰を手助けできたと、ほっとしたところで話しかけてきたのが既知の侯爵令嬢・ドロッセルだった。


 彼女は二年前、やや年上のベルナール卿に嫁いでいる。

 婚家は生家と同格の侯爵家で、資産は潤沢だが、卿はそう若くもないないため、昼間はこうして彼女一人が遊興施設に出入りしているのだと知っていた。話しかけられたのは、彼女の婚姻後は初めてだ。

 ――元々、そんなに仲良くもなかったが。


(何だろうなぁ……)


 ちょっとした警戒心が働き、扇子で口元を隠す。

 まだ戻る気配のない(レナード)にちらりと視線を流し、仕方ないなぁと覚悟を決めた。

 無邪気を装い、にこやかに応えることにする。



「ルピナスのこと、もうご存知でしたか?」


「それはもう。あんなに美男子でいらっしゃるもの。そのうえ、中央では王太子殿下の覚えもめでたくて。末は宰相の君かと噂の的ですわ」


「ううん……。彼は、いずれは北公将軍となるでしょうけど。そういうこともあるかもしれませんね。ジェイド公爵様は、まだまだ現役でいらっしゃる」


「あら。そうなんですの」



 ぱたぱたと、つられて扇を出したドロッセルは、ふと意味深な笑みを浮かべた。



「ねぇミュゼル様。わたくし、どちらでルピナス様を拝見したか、ご存知?」


「……いいえ」



 何となく、彼女に彼の名を呼ばれることにムッとしてしまったが、長年の鍛錬の賜物でおくびにも出さない。ロビーの端に誘われたので素直についてゆくと、小窓から、通りの向かいに大図書館が見えた。はて、と首をひねる。「図書館ですか?」


「ええ。わたくし、あそこで物語絵のサロンもひらいているから」


「へえぇ」



 ちょっと感心した。

 ただ贅沢に身を浸して退廃的な毎日なのかと思いきや、それなりに務めも果たしているらしい。


 見直した気配は素直に伝わったのか、ドロッセルは上機嫌で耳打ちしてきた。



「覚えていらっしゃる? ガーランド男爵家のソラシア様。あそこで司書をなさってるの。昼前にあちらに寄ったとき、偶然見かけたのだけど……ルピナス様と、楽しそうにお話していたわ」



 ――そのとき、ソラシア様から紹介していただいたのよ、と。

 ドロッセルはどこか勝ち誇った微笑みで付け加えた。



「お二人、とてもお似合いでしたわ。ふふ、まだいらっしゃるかも。なんだか、たくさんの分厚い書物を間に挟んでらしたのよ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] モヤモヤするね、ミュゼル? 『意味が分かりませんわ』 そろそろ、友人というポジションから一歩進んでも良いのでは? 『益々、意味が分かりません。一体全体なにが仰りたいの?』 グフフ……それは…
[一言] 家政婦は見た( ˘ω˘ )
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