14 【閑話】兄の胸中 ☆
沖合の船の上で、レナードは潮風になぶられる髪をうるさげに手で押さえた。降り注ぐ陽射しと波間の反射光が、容赦なく色素の薄い双眸を射る。
眩しさのためか、苛立ちのせいか、船上の貴公子はかざした手の影で瞳をすがめた。
「あいつ……。任せてはみたものの、心配だ。大丈夫なのか」
「『あいつ』ってまさか、あのルピナス殿ですか……? ご冗談を。我々としましては、あのかたが来てくださって本当に助かりました。お話したでしょう? 我が騎士団の誰も、あのかたに歯が立たなかったんですから」
そばに控えていた、水夫姿に偽装した騎士の一人が、ありありと“困ったかただなぁ”と頬に滲ませて微笑する。
彼は右手に遠見筒を握っており、いまこうしている間にも港に異変がないかを探る役目を担っていた。
レナードはといえば、普段どおりの貴族らしい服装。
――……つまり、エスト公爵家の長男が、長年放置していた自分名義の船に試乗する、という名目で洋上に幾つかの船を展開させている。
自分名義なのは偽りではないが、船体は完璧にカモフラージュされている。
最先端の技術で小型化された魔法砲台が側面に三台ずつ取り付けられてあり、それが四艘。当然技術者や各属性エネルギーを充填する魔法士も同乗している。
威容を見た父のミュラーからは『……戦争か?』と、しこたま呆れられたが。
(父上は呑気すぎる)
レナードは本気だった。
もし、件のアデラ人たちが思ったよりも大人数で、地上での確保に失敗した場合は専用の狼煙が上がる手はずになっている。
彼らが陸側に逃げて奇跡的に大門を突破できたとしても、軍事演習と称して待機中の騎士団の餌食になるだろう。
自分たちは、不審な動きを見せて海に出ようとする外つ国渡りの船に警告を発し、無視するようなら沈めればいい。(※だめです)
「目にもの見せてやる。うちの妹に、これ以上何かしてみろ。生まれたことを後悔させてやるからな」
「……」
「…………」
((――こわッッ!))
たまたま、近くを通った他の水夫たちがそろって顔を強張らせる。
それは件の売人集団への脅し台詞なのか。それとも。
「まぁまぁ。我らが姫君だって相当な御方です。信じて待ちましょ…………、あっ!!」
「! どうした」
遠見筒を覗いていた青年が、ふいに声を荒げる。
鬱々とした渋面だったレナードが、ぴしりと背を正して顔を上げた。金に近い瞳に真剣な光が宿る。
が、やがて肉眼でも『それ』をとらえられた。一筋、港の雑多な界隈から赤みがかった煙がのぽっている。
狼煙だ。赤は――
「おい、操舵室に連絡を」
「「はっ」」
返事をした若者がきびきびと敬礼で応え、忙しく甲板を駆ける足音が遠退いた。
船内に配置された人員らはにわかに気色ばみ、指令は速やかに伝えられ、操舵者はすばやく接岸に向けて舵を切った。
「――取り逃がしたか。しかも……、くそっ。相手は女だけ。海じゃない、陸でもない。完全に取り逃がした、だとっ」
育ちの良さも柔和な外見もかなぐり捨て、手摺をぎりりと握ったレナードは、舌打ちする勢いで溢す。
(ミュゼルは? いけ好かないがルピナス殿もいる。騎士団も駆けつけているはず。頼む、無事でいてくれ……!)
ざぁっ、と白浪が立つ。
舳先を港に向けた船は滑るようにうるわしの都、エスティアへと近づいた。




