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はちみつ色の東風の姫〜公爵令嬢の恋事件簿〜  作者: 汐の音
本編 第一章 魔法薬騒動
13/84

12 いざ決戦へ

「結論から言うと、ルピナス殿。きみに、女装してもらいたい」


「……………………えっ」




   *   *   *




 ばーーーーん、と、擬音が被さりそうなほど堂々と、エスト公爵家当主のミュラーは言い切った。

 うなじのリボンで束ねたくせ毛も、人の良さそうな明るい瞳も、彼を挟んで両隣に座るレナードやミュゼルと同じ色あいだ。

 ただし、かなり恰幅がいい。

 清潔感を欠くほどだらしないわけではないが、いわゆる中年太り体型だった。それが、いっそう輪をかけて彼を「親しみやすい紳士」たらしめているのだが。


 ルピナスは耳を疑った。


(女装……。聞き違い?)


 何でまた、と、素で訊き返すルピナスを咎めるものはいなかった。むしろ同情のまなざしを向ける幹部騎士は多い。

 が、例外のように意地悪な笑みを(たた)えたレナードが、ことさら神妙に告げる。

 立案したのは僕だ、と。



「聞いたよ。きみは、ずいぶんと腕が立つようだ。然るに、妹の守護を引き受けてもらえて本当に良かったと思っている」


「お兄様。口調に棘が」


「ミュゼルは黙ってて」



 こほん、と咳払いをしたレナードは、再び正面のルピナスを見つめた。



先方(せんぽう)の売人たちは相当に用意周到なようだ。きみがもたらしてくれた、王都での奴らの情報は非常に有益だった。礼を言うよ。おかげで、港のギルドにも恩を売れたからね」


「お力になれたなら良かった。しかし、レナード殿。女装とは――」


「額、面、どおりの『騎士』がッ! 『女商人』に扮したミュゼルに付き添ったらおかしいだろう?? そのうえきみは滅多にない美男子だ。へたに()()なんかしてみろ。必ず浮く。浮きまくる。つまり、相手が警戒して作戦の成功率が下がるじゃないか。間違いない」


「ひどい言われような気がしますが」


「気のせいだよ、ルピナス殿」



 に、と無邪気に笑みを深めたレナードは、姿勢を直してポンポン、と手を打った。

 すると、たちまち数名のメイドが続きの間から流れてくる。

 彼女らはルピナスを見ると一様に納得した表情を浮かべた。


 ――……まさか、と、ルピナスの背に戦慄が走る。


 年嵩のメイドが一人進み出て、(こうべ)を垂れて恭しく膝を折った。


「若様。このかたを(あつら)えればよろしいのですね」


「あぁ。地味めで頼むよ」


「畏まりました。さ、お客様。どうぞこちらへ」


「!!! ちょ、まっ……!? お待ちください、閣下。これは横暴ですっ!」



 ルピナスの顔色は心持ち悪かったが、美貌は損なわれることはなかった。決定事項もまた、覆ることはない。


 ――すまないね、と、いかにも申し訳なさそうな公爵に見送られ、退室したルピナスが現れたのは約十分後。

 ゆったりとした衣装を身に着け、特徴ある髪を隠した彼は、みごとな山岳地帯の(ベルダンディー)美女だった。


(((……似合う……)))

((アリだな))※何が


 サロンにいたものの大半は、それぞれの胸中で彼に賛辞を贈ったが、全員が全員、北公家子息殿の名誉を(おもんぱか)って価値ある沈黙を貫いた。


 やり遂げたメイドたちはもちろん満足そうだったが、一人だけ、こっそり嘆いていたという。

 (いわ)く、『何の刷毛(はけ)も使う必要がありませんでしたわ』と。




  *   *   *




 一時間後。

 みっちり話し合いをしてから場は散会し、女商人に扮したミュゼルとルピナスは、打ち合わせどおりに港の手前で乗り合い馬車から降りた。

 目の前に広がるのは、昼前の賑わいがここまで届く大エスティア港。右に視線を移せば、(ゼローナ)旗を掲げた船が停泊する、海上騎士団の軍港がある。



「流石ね。もしも海に逃げられても、すぐに封じられるよう、船団までとっくに展開中なんて」


「海は、きみたちの庭だろう? そっちは心配ないけど。逆に陸地が心配かな。例の美容薬や白粉が出回るようになって、もう三ヶ月近く経つ。あちこちの街に拠点が出来ててもおかしくない」


「東都も?」


「東公領も。王都に続くどの領地も、必要なら一斉にあらためないと」


「……そうね」



 きゅ、と唇を引き結んで左手を胸に当てる。

 それから、ふと右手の人差し指に光る銀の指輪に視線を落とした。なんとなく力付けられる。――自分が行くと言い切ったものの、緊張がないわけではない。


 すると、するりとその手を取られた。



「わっ。ルピナス?」


「手、繋いで行こうか。混んでるし、はぐれたら元も子もない」


「え、う、うん」



 藍色の髪の代わりに、今日は布をふんだんに使った上衣と肩掛けが翻る。剣は目立つからと、ダガーを二本、帯に仕込んでいるらしい。


 ――相手も一人とは限らない。戦闘にならなければいいが。



(だめだめ、切り替えなきゃ、わたし!)


 この高揚は()()()()()なんだと言い聞かせるように、頭を横に振った。

 なるべく意識しないよう、相方の手を握り返す。

 ちょっとだけ驚いた顔で見つめられた。



「行きましょ。あのひとたち、絶対とっ捕まえてやるんだから……!」


「おっと」



 傍目には旅の若い商人。姉貴分の手を引く小さな妹分。

 舞台裏に流れる緊迫感はさておき、そんな微笑ましい二人連れが、港までの舗装された坂道を下っていった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 挿絵は、挿絵はどこに!? ルピナスが麗しく成長していてクラクラです。半面、もう女装だめかしらと思ったりしたので、この成り行きにほっとしました♪ [一言] 15まで追いつきましたが、ここに…
[一言] >((アリだな))※何が わかる( ˘ω˘ )
[一言] 価値ある沈黙キタ───!!(笑) このフレーズ前作から好きなんですよね!
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