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変わらない君を見つめて

作者: 沖田さくら


 8月中旬、お盆の真っ只中の遊園地。

 ジリジリと照り付ける日差しと反射するアスファルトの熱。

 そして、家族連れやカップルが多く、賑わいをみせるこの場所に、俺、高橋直人は幼馴染である如月真帆と共に訪れていた。

 


「早く行くよ!」



 大きく手を振りながら、いつも通りのキラキラした笑顔で俺の前を歩く真帆。



「ちゃんと前見て歩けって……」



 そう小さく呟きながら、俺はその背中を追いかける形で歩みを進めた。

 だが、この笑顔も数日前までは、悲しみの色に塗りつぶされ見る事が出来なかった。

 そう思うと、子供の様にはしゃぐ今の彼女の姿は俺の不安に満ちた心を安らげる。

 


 一週間前、2年間付き合っていた男と別れた真帆。

 原因は、その男の浮気によるものだったらしい。

 詳しい話を聞こうと思ったが、彼女は「もう終わった事だからいい」と言って硬く口を閉ざした。

 彼女は昔からそうだ。

 しょうもない話は、誰よりも長く話すのに、肝心な話はしない。

 それが彼女のプライドなのか、意地なのかは分からないが、幼い頃から変わらないままだ。

 彼女らしいと言えば、そうなのだろうが……。

 まぁ、だから俺も話を模索したりせず、こうして少し元気になってきたタイミングを見計らい気晴らしに誘う。

 それが恒例行事のように、俺達の間では当たり前になっていた。



「直人、あれ乗りたい!」

「……ゲッ、ジェットコースターって……遊園地に着いて一発目がそれ?」

「当たり前じゃない! 遊園地=ジェットコースター!これ常識よ! 早く行くよ!」

「おッ!! 分かったから、引っ張んなよ!」



 有無も言わせないとばかりに、俺の手を引き駆け足で乗り場へと向かう真帆。

 そして、着いてそうそう、眩しい笑顔で入り口に立つキャストさんから下されたのは、待ち時間40分という過酷なお知らせだった。

 この40度越えという猛暑の中、人が集まるこの暑苦しい空間に40分。

 考えただけで倒れそうだ……。

 待つ事が嫌いな俺なら、人が減ってくる閉館前を狙って並ぶなどと無駄な体力の消耗を防ぐ為に要領よく過ごす方法を考え、実行に移す。

 人気があるのか知らないが、こんなジェットコースター如きで40分も待ちぼうけを食らうなんて最低だ……。

 そんな悪態を心の中でつきながらも、俺はそれを口にすることはない。

 未だに繋がれた真帆の手の感覚と温もり。

 そして、わくわくした様子で俺達の上を走るジェットコースターを見て目を輝かせている姿。

 近くで見るには久しぶりなその光景を、俺は今だけは手放したくないと思ったからだ。

 


 同じ学校に通う俺達だが、真帆に彼氏が出来てからというもの、こうして二人で出かける事はパタリと無くなった。

 それもそうだ。

 幾ら幼馴染とはいえ、男と二人で出かける何て浮気と見られても可笑しくないだろうから。

 だから、この距離で立つのは久しぶりで、少し変な感じがする。




「でも、こうして二人で居ると何か変な感じだね」




 突如聞こえてきた彼女の言葉に、俺の心臓が大きく跳ねる。

 考えていた事がまるで彼女にも伝わったかのようなタイミング。



「……!! そうだな」

「何よ。もっと嬉しそうな顔しなさいよ」

「え、無理」

「うわぁ、最低~」



 そう言って頬を膨らませる真帆。

 不貞腐れた時に出る、この小さな癖も昔と変わらない。

 そんな小さな癖や仕草は、昔なら俺だけが知っている事だった。

 でも、今では何人の男がそんな彼女の癖や仕草を知っているんだろう。

 何人が、俺の知らない彼女の姿を知っているんだろう。


 膨れ上がる嫌悪感に胸が締め付けられる。

 こんな感情、ただの幼馴染なら持たなかったはずだ。

 ずっと前から気づいてて、でも、それでも口には出せなかった。

 今のこの二人の関係が崩れるのが怖くて、気づいてない振りを続けた。

 だからこそ、繋がれた手の温もりは、今も昔も変わらずそこにあるんだ。

 そう。繋がれる手の”意味”も変わることなく。そこに……



######


「あぁ!!楽しかった!」

「……最悪だ」




 満足した様子で手を空へと伸ばす真帆を余所に、俺は一人ベンチに座り空を仰いでいた。

 視界がグルグルと回り、気を抜けば胸の辺りから何かが込み上げてくる感覚がする。

 40分もの時間並んだジェットコースターは、俺が予想していたよりもスケールがデカかった。

 後ろ向きで乗り、通常のジェットコースターよりも高い位置から落下。

 そして仕舞には、5回もの回転付とききた。

 ありえない。一体何が楽しくて、あんな物に乗るんだよ。




「男なのにダラしないな~」

「こういうのに、男も女も関係ねぇわ…オエッ」

「うわぁ、大丈夫?」

「問題ない。」

「いや、問題しかないじゃない」




 俺の前に立ち、日差し避けをしてくれる真帆。

 逆光でその表情は見えないけれど、声色から呆れているのは明白だ。

 俺、カッコ悪すぎるだろ。

 自分の醜態に嫌気がさしながらも、一刻も早くこの吐き気をどうにかしようと、俺は一度回る視界を閉ざした。

 



「……あのさ、そのままで聞いて欲しいんだけど」




 少し間をおいて、暗い視界の中で聞こえてくる真帆の声。



「なんだよ」

「あのさ、今日はありがとう。誘ってくれて」



 こんな有様でお礼を言われるのも可笑しな話だが、聞こえてくる彼女の声は何時ものおチャラけた雰囲気とは違うもので、俺も返答に困る。



「……別に」

「またそれ? ホント直人って言葉のレパートリー少ないよね!」

「うるせぇ。 万年赤点女が言うな」

「なッ!! ホントに最低ー!!」



 お前の語彙力の方が俺より劣っているぞ。と言ってやりたい。っがこれ以上話すと、出てはいけないモノが出てきそうなので、俺は大人しく口を閉じ、真帆が作ってくれた影で一時の休息をとった。




###


 その休息が終わってからは大変だった。

 まるで小学生のお守をしているかの様な錯覚を起こす程のハードな時間が続いた。

 


 絶叫系アトラクション制覇だの、

 お化けは苦手だがお化け屋敷に入りたいだの、

 特等席でパレードが見たいだの、

 遊園地に出ている屋台の食べ物を全制覇するまで帰らないだの、

 何処かの貴族のご令嬢を思わせる程の我儘っぷりを披露してくれた真帆。


 

 そんな大変なお守を続けること数時間。

 気が付けば空は暗く、太陽が隠れ、丸い満月が顔を出していた。

 閉館のアナウンスも流れ出し、ぞろぞろと大勢の客が施設から出て行く。



「俺達もそろそろ帰るか」

「うん」



 名残惜しさも感じながらも、少し落ち着いた様子の真帆と共に俺達は帰路を目指した。

 電車を乗り継ぎ、最寄り駅に着き、俺達は同じ方向へと歩みを進める。

 他愛もない話をしながら歩く住宅街の道。

 街灯が照らすこの道でもまた、二人で歩くには久しぶりで少し新鮮な感じがする。



「何か変な感じ~」

「何が?」



 隣を歩く彼女の横顔が立ち並ぶ街灯の明かりに照らされる。



「この時間に二人でこうやって歩くの」

「まぁ、そうだな」

「私に彼氏が出来てから、一緒に帰った事なかったもんね」

「……そうだな」



 返答に困りながら、俺は隣を歩く彼女から視線を逸らし、そのまま星空が瞬く夜空を見上げた。

 ぬるい夜風が髪を撫でる。

 俺達の間に気まずい沈黙が流れる。

 少し居心地の悪さを感じながら視線を泳がせていると、彼女がその沈黙を破る様に話を始めた。

 



「実はさ、彼氏の浮気…随分前から気づいてたの」



 彼女の口から放たれた言葉に俺は目を丸くする。



「でも、もしかしたら彼が戻ってくるかもとか、私が少し変われば浮気も無くなるかもとか、色々考えちゃってさ……」



 彼女の口から語られる話は、俺が今まで持っていた彼女の人間像からは想像もつかないモノだった。

 曲がった事が嫌いで、白黒ハッキリしていないと気に食わない性格。

 優柔不断な事が大っ嫌いな男よりも男勝りな奴だった。

 少なくとも、今まで見て来た彼女は……。



「馬鹿だよね~。待ったって変わる訳ないのに……。こんなの私らしく無い……」



 後半になるにつれ、言葉が震えて小さくなる。

 今まで見たこと無い女子らしい彼女の姿に、俺はどうすれば良いか戸惑う。

 俯いた彼女は今、どんな表情をしているんだろう。

 色々と頭の中で思考を巡らした俺は、慣れない手つきでそっと彼女の頭に手を置いた。



「そういうのも、お前らしさなんじゃねぇの?」



 こういう時、女子に何て声を掛けるのが正解なのか。

 経験の少ない俺には分からない。

 だけど、



「少なくとも、俺はどんなお前でも傍に居てやるし、あんまり一人で抱え込むなよ」



 今の俺に言える最大限の言葉を彼女へと送る。

 足を止めた彼女の足元にポタポタと輝く雫が落ち、アスファルトを濡らす。



「私‥…何が駄目だった…んだろう…」


 

 顔を上げた真帆は、瞳に涙を溜めながら俺に訴える。

 そんな彼女の泣き顔を見た瞬間、あの日の出来事が俺の頭にフラッシュバックした。

 


 彼女の両親は共働きで、家を空けていることが多かった。

 だから、家が隣同士の俺と遊ぶことが多かったのだが、彼女の11歳の誕生日の日。

 真帆の誕生日会を開く予定だったが、彼女の両親は急遽仕事の都合で家に帰れなくなり、誕生日会は俺達家族と真帆で行われることになった。

 食事中がいつも通り無邪気に笑い、楽しそうにしていた。

 だが、やはり自分の両親に祝って貰えかったのが寂しかったのか、ケーキを食べるタイミングで真帆は大号泣。

 俺達家族が混乱した瞬間だった。

 


 笑顔では無く泣きじゃくる彼女の姿を見たのは、後にも先にもそれが最後だった。

 あの日の彼女の姿は今でも鮮明に覚えている。



「泣かなくていい。お前に悪い所なんて一つもねぇよ」



 その日芽生えた俺自身の気持ちも。



「何で…‥言い切れるのよ」

「何でって……。そんなの、幼馴染だからだろ。お前の事一番近くで見てきた奴が言ってんだから、信じろって」



 「何それ」と涙を流しながらも小さく笑う真帆。

 俺がもしも、今まで隠してきたこの想いを、此処で口に出したとしたら、君は受け入れてくれるんだろうか。

 浮気なんかするそんな男よりも、俺の方が良いって言ってくれるだろうか。

 言えもしない言葉を心の中にしまって、俺はさっきまで彼女の頭を撫でていた手を下ろし、肩へと回し、業と体重をかける。



「ちょッ! 重いんだけど?!」

「いや、お前の体重より軽いわ」

「はぁ?!ほんとに最悪! デリカシーなさすぎ!」

「イッて!!」



 俺の言葉に怒った彼女は後ろから回し蹴りを飛ばし、俺の尻を攻撃する。

 地に膝を着いた俺は尻を摩りながら、痛みに耐えるフリをしてチラリと彼女の方を見た。

 目元を少し赤くしながらも、何時も通りのクシャッとした笑顔を見せる真帆。

 


「よし、家まで競争だ。負けた方が、明日の学校帰りアイス奢り!」

「え!?」

「よーい、ドン!!」



 突然持ち掛けた勝負に戸惑った真帆は、俺が出した合図に一足遅れて走り出す。

 後ろで「卑怯だ!」と叫んでいる声を聞きながら、俺は少し熱の籠る空気を切る様に走り抜けた。

 もし、今見せている笑顔が無理をして作ったものでも、これからも俺が変わらず傍に居てお前を笑わせる。

 

 昔から変わらない、大好きなその笑顔。

 その笑顔が、どんな形であれ俺の日常にあってくれるなら、それでいい……。

 これは俺の一人よがりだろうか。

 ……多分、そうなんだろう。

 だけど、昔と変わらない、俺だけが知ってる君を何時までは大切にしたいと、今はそれだけで良いと俺は心から思うよ。


 


始めまして、沖田さくらと申します。

今回、初めて一話完結の短編小説を書かせて頂きました。

幼馴染の恋というのが、今回のテーマになります。

久しぶりに小説を書きましたので、不安はありますが、読んで下さった方の心に少しでも響く話になっていれば幸いです。

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