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フランソワ

作者: 虎戸リア


「はあ……またですか」


 古めかしい、しつらえの喫茶店で、夕子が後輩らしからぬ尊大な態度でため息をついた。


「またとか言うな……」

「毎回毎回フラれるたびに話を聞かさせる私の身にもなってください」

「それはすまんかった」


 僕は素直に頭を下げた。高校からの後輩というだけで、大学に入ってから随分と付き合わせてしまっている自覚はある。


「〝三つ葉屋〟で勘弁してあげます」

「分かってるって」


 お高いすき焼きのお店を指定されても、僕は頷くしかなかった。いや、むしろ彼女を口実にそこに行こうとしている節があるから、何とも言えない。


 僕と夕子の関係はシンプルだった。同じ高校出身で、同じ文芸部。だけどもこうして面と向かって話すようになったのは正直、大学に入ってからだ。同じ高校出身という関係性は、高校を出てからでないと発揮されないのは大学に入って最初に分かったことだった。


 一ミリだって仲良くなかった奴と、同じ高校、いや同じ県出身ってだけで仲良くなれる――そういう雰囲気を大学は持っている。


「先輩は、空を見過ぎなんです」


 夕子はそう言って、運ばれてきたホットコーヒーを口にした。蝉すらも元気を無くす京都のクソ暑い気候の中、彼女はいつもホットコーヒーを頼んだ。まるでそれが義務かのように。


「んなつもりはないんだけどなあ」

「自覚ない方がタチが悪い。ついでに性格も性根も悪い」

「ついでで、悪口言いすぎだろ」

「こういう時しか言えませんから」


 涼しい顔でそう言って夕子が湯気を立てるコーヒーを口にする。物静かな印象しか抱かない見た目だが、その通りでないことを僕は良く知っている。


「はあ……何が駄目なんだろうなあ」

「分かってるくせに。そういうところじゃないですか?」


 この古めかしい喫茶店はまるでそれが当然とばかりにボコボコと沸き立つようなホットコーヒーを出す。それを何でも無いとばかりに飲む夕子の言葉に、僕は何も返せない。


 分かってる。分かってるんだよ。だけどもそれを言えないもどかしさ。僕は煙草を取り出そうとして、すぐにそれを止めた。


「そういう夕子はどうなんだよ。こないだサークルの先輩とデート行ってきたんだろ」

「ボーリングして映画見て居酒屋いって。とても楽しいデートでしたよ」


 夕子はそう言うとコーヒーにミルクを入れ始めた。


「イケメンの先輩なんだろ?」

「らしいですね」


 その冷たい言葉に、コーヒーも冷めそうだ。


「うちの大学に来てる時点で大体金持ってるだろ。それにイケメンって最高じゃねえか」

「その程度の価値観しかない先輩に絶望します」

「絶望します、とか言われると凹むんだけど」

「しょうもない女子にフラれて凹んでる先輩にこれ以上凹む余地があったんですね」

「しょうもないとか言うな」


 僕の言葉に、夕子は珍しく感情を出したように目を見開いた。


「すみません……言いすぎました」


 夕子がぺこりと頭を下げた。その姿が新鮮すぎて僕も戸惑う。


「あ、いや」

「その相手に罪はありませんもんね」

「いや、罪ってほどじゃ」


 そう僕が言ったと同時に、僕の分のコーヒーがやってきた。ガラスの器に汗をかいているその姿はいかにも涼しそうだ。


「先輩、ほんとコーヒー好きですよね」


 夕子が呆れたような表情を浮かべた。


「昔好きだった子がコーヒー好きでね。それに女子と色々カフェを巡るのに、飲めないとアレだろ?」

「でも、今は、違いますよね」


 それはそうだ。なんだ、無理してアイスコーヒーなんて頼むことなかった。


「つまらない男です」

「言うなよ。自覚はしてるさ」

「そう言っちゃう辺りがつまらないです」


 ぷいっと夕子がそっぽを向く。


「つまらない男なんだよ僕は、結局」

「でしょうね。そう言うなら」


 夕子の横顔と、この古めかしい喫茶店のステンドガラスが重なって見えた。夕暮差すステンドガラスと彼女の横顔はとても綺麗だった。


 だから――


「夕子。デートをしようか」


 僕はそう言った。それはあまりに遅すぎる言葉だったかもしれない。


「都合が良すぎる言葉ですね」


 仰る通りだ。好きな相手に振られて。身近な相手に想いを寄せる。最低な行為だ。分かってる。分かってるさ。


「つまらない男だからね」

「知っていますよ、とても」


 夕子はため息をついて、コーヒーカップを置いた。まだ半分以上残っているのに――


「すみません、アイスティーを一つ。あと灰皿を」


 彼女はそうオーダーした。


「――なんだか無理してホットコーヒー飲むの馬鹿らしくなりました。三つ葉屋に追加で、楼庭茶屋でかき氷も。トッピングは丹波のマロンで」


 そう言う彼女の笑顔はなぜか晴れ晴れしていた。そしてまるで当然とばかりにちっちゃい鞄から煙草を取り出した。


 今の僕なら、分かる。やれやれ、僕も彼女もかなりの遠回りをしたようだ。


 それから彼女が僕の妻となってからもコーヒーを頼む事はなかった。僕もそうだ。

フランソワのホットコーヒーはそんなに熱くありません!!!!!!!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みました。 二人の関係性が短い文章の中でもハッキリ感じとれ、情景の心地よさと小気味良いやり取りが見ていてほんわか染み染みとしました。 こういう人間関係が身近にあるって、青春って感じがし…
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