異世界の壁は黒い
「ひゃー! あれは……森! そっちは大きな……水たまり! ……じゃなくて……湖! あっちは……あ、なんだっけ、あれ? えーっと……あ、キノひゃぷっ!」
気が付くと空にいた私は見渡す限りに広がる「世界」を満喫していた。
右を向いても、左を向いても、前も後ろも上も下も沢山のものが溢れてる。
お話の中の挿絵をフル回転で思い出しながら周りの風景と照らし合わせる。
だけどそうしているうちに、大きなキノコのようなものに着地してしまう。
もう少し見ていたかったのに。
でも、キノコから噴き出した粉が私の周りにキラキラと飛び散るのがとっても綺麗だからこれはこれで素敵。
「私は今、森にいる。ということは……狩人だ!」
森にいる人といえば、狩人と、妖精と、エルフ。
私には透き通った羽はついていないし、耳の先もとんがってない。
とすると残ったのは……狩人。
なんてことだろう、私はもう既に本の中に出てきたなら狩人なのだ!
狩人とは今日の糧を自分で狩る存在だったはず。
狩らねばならないな。
何か手ごろなものは……あ、あれすごく綺麗。
「よいしょ、よいしょ」
大きな木に飛びつくと、私は華麗に上り始めた。
あれを手に入れることが出来たら、きっと一人前の狩人になれるわ。
「ね、ねぇ? あなたさっきから何してるの?」
あ、ここの方がつかみやすいかも! あ、足が滑って……もう……少しで!
「ねぇってば! あなたさっきから1ミリも上に進んでないわよ! むしろ……あ、落ちた。」
ぽふん、と地面に着地した私のお尻。
あともう少しだったのにな。もう一回チャレンジすれば出来るかも……わっ、わっ、誰かいた!?
「い、今気づいたの? はぁ、あなた貴族の子か何か? 装飾はされてないみたいだけどその服……かなり上質なものでしょ?」
服? これは、ずっと着てた服だからそんなにいいものじゃないかも。
「とにかく私が町まで連れて行ってあげるわ。最近はこの辺りも変なのが増えてきたからね。帰ったらおうちの人にお礼を用意させるのよ? ん、なにこれ? ……あなた、ビッグマッシュの胞子まみれじゃない!」
そういって私の髪や服についた「粉」をとってくれる女の人。
なんか……ママみたい。
「町に行く前に気づいてよかったわ。持ち込んだら怒られちゃうもの。透明に近い見た目だから気づかずに持ち込む人が多くて……はい、これでいいわ。私の名前はリリアーナ! あなたの名前は……あ、やっぱりいいわ。近くの町の貴族の家って一つしかないもの。さ、こっちよ」
前を歩いていくリリアーナに続いて、私も同じように歩こうとする。
これは……なかなか苦しい。
私が必死に足を動かしても前を歩くリリアーナからぐんぐん引き離される。
もっと、頑張らないと!
まず、右足で、左足、右足で、左足。
だめだ、リリアーナの姿がもう見えない。
目の前に広がるのはさっきまでどこにもなかったはずの真っ黒な「壁」
もしかすると本のような世界は私を拒んでいるのかもしれない。
だから私は……きっとここまで……ああ。
「え、何でいないの? って、倒れてるじゃない!」
ぐいっ、とリリアーナに抱っこされる私。
ああ、そこにいたのね? はぐれないようにしないとダメよ?
「え、なんでこの子、しょうがないなぁって目で私を見てるの? ってか、体力なさすぎでしょ! まだ10歩も進んでないじゃない!」
必死に何かを伝えようとしているリリアーナの話を聞いてあげたいけど、なんだか暖かくて、柔らかくて、いい匂いがする。
「大好き……マ」
「あ、あなた寝ようとしてるでしょ!? 町まで結構遠いんだから自分で歩いて……はぁ、ダメか」
何故か安心しきった顔で私の腕の中で眠る女の子。
「なんかこの子、見た目より幼くない?」
体力があまりにも少ないところもそうだけど、問題なのは目。
まるで、「見たことのないものを見ている」かのように、ずっと目を輝かせていた。
その様子は、まだ村で暮らしていた時に面倒を見ていた小さな子供のようだった。
……そんなに変わったものがあるのかしら?
辺りをきょろきょろと見渡すが、普段と特に変わらないように見える。
まあいいか。悪い子には見えないし、お家に届けるくらいはしてあげる。
だけど、一つだけ気になる。
真っ黒な髪はべつにいい。
珍しくて綺麗だな、とは思うけど、私の髪だって手入れを欠かしたことがないから色以外はそんなに変わらない。
陶器のようにすべすべとした肌も問題ない。
最近王都で流行している「ファンデーション」を頼んだばかりだ。
きっとこの子もそれを付けているのだろう。
……とてもよい買い物をした。
服だって素材が上等なのは見ればわかるけど、デザインはいまいち。
まるで病人みたいで、私の服の方がどうみてもおしゃれ。
だけど、だけどね?
何よこのおっきな胸はぁ!?
私だって毎日「モーモー」からとれるミルク飲んでるのにっ!
バストアップのための筋トレも欠かしたことなんてないのにっ!
「なんって、不公平っ!」
あ、いけない。起こしちゃった? ……大丈夫そうね。
まあ、近くの馬車停で待っていれば、そのうち誰か来るでしょ。
いくら私が冒険者とはいえ、さすがに私と同じくらいの女の子を担いで町に運ぶのは無理。
……ていうか、ずっと気にしないようにしてたけどこれは一体なんなの?
さっきから少し目線を下げると、私が歩くのに連動して、腕の中にいる女の子のおっぱいが物理法則を無視してるのだけど。
自分の身体では絶対に起こることのない現象なのだけれど?
ざっ! たぶん。
ざっざっ! たぷぷん!!
…………くっ。
見下ろすと視界一杯を埋め尽くそうとする「ただの脂肪の塊」を見る度に、私の身体から何か出てる……気がする。
これはきっといつか教えてもらった――殺気。
――カトリーナ流師範代「ローズリー・カトリーナ」様へ――
聞いてくださいお師匠様。
貴方の弟子はついに殺気を放つことが出来るようになりました!
つきましては、近いうちに「免許皆伝」を戴きに参ろうと思いますので、それまでどうか健やかにお過ごしください。
PS.伴侶は自分で決めるので、毎月お見合い写真を大量に送るのはお止めください。
北バウリナキユ王国:元・王家兵法指南役「リリアーナ」より