一歩先へ
「寮へ払うお金がない?」
「あぁ、今日までの支払いで、ダンジョンから出た武器とかは売ってきたんだけどあと4万ゴールド足りなくてな」
「あのお店まで行ってきたんですが、買い取りを今日やってなかったんですよ」
「なるほど」
「それでもお金足りてないんですけどね。あと私も寮費払ったばっかりで金欠ですし」
道具屋は売るだけではない。
物によっては、ダンジョンから出てきたお宝を買い取る事もする。
確かその中にはポーションもあった。
ポーションはいくつかのランクに分かれている。
快一・快二・快三と上がっていくそれは、数字が増える程効果も価格も跳ね上がっていく。
まずい、具体的な価格はあまり知らない。
(快二のポーションの相場価格調べてくれないか?)
《あーい》
うーんと悩んでいると、すぐに答えが返ってきた。
《店頭価格2000ゴールド。買取価格は500ゴールド。みたいですね》
(ありがとう)
500ゴールド。それが60個か。
3万ゴールドだ。1万ゴールドも足りてない。
なるほど、お金が足りてない。
「たのむ!4万ゴールドで買ってくれないか!」
「うっ、うーん……」
3万ゴールドでこれを買えというのは出来なくもない。
後日リサさんに自分から売りに行けばいいのだ。正直60個もポーション要らないと思うが。
そして残り1万ゴールド問題は何一つ解決しない。
いざとなれば1万ゴールド借金にして貸しにする手もあるが、知らんぷりされたらどうしようもない。
力づくでこの人から取り立てるとか無理だ。
どう考えても純粋に怖い。正直快諾とは言い難い内容ではある。
すると、比較的体が細い方が何かに気づく。
「そういえば、君は新入生ですよね?」
「えぇ、まぁ」
「レベルはどれぐらいか調べてますか?」
「確か、3って聞いてます」
頭を下げていた体格の良い方が、ハッと顔を上げた。
え、何。なんなの。
「そうだ! 君が4万ゴールドでポーションを買ってくれたら、キャリーをしてやろう」
「キャリー?」
「僕らとパーティを組んで、一気に強い所でレベルを上げるんですよ」
……あー。
凄い、凄い魅力的だ。
「はい、確かにきっちり頂きました」
「よっしゃぁ!」
体格の良い方が寮母にお金を支払う。
清々しい表情をする一方、自分は一気に懐が寂しくなって不安な気持ちでいっぱいだ。
《良かったんですか? 1万ゴールドは痛くないですか?》
(まぁ、一応勝算はある)
父さんに直談判する。そして単価600ゴールドで買ってもらえばいい。
そうすれば3万6000ゴールド、損失は4000ゴールドで済む。
キャリーの代金4000ゴールドと考えれば、まぁいいだろう。
僕は無駄に60個も増えてしまったポーションをアイテムボックスで確認する。
うーん、どうしようこれ。とりあえず後で部屋のボックスに入れてくるか。
「ダンジョンにはこの後すぐ入るから、準備してきて」
「分かりました」
「あ、そうだ。君って『振ってない者』?」
「えっと、そうです」
「分かった。じゃあそのつもりで」
振ってない者。
確かステータスにポイントを割り振ってないみたいなニュアンスだったはずだ。
父さんの話でも、そして後でティンクルに一応ちゃんと確認して貰っても、自分は『振ってない者』だった。
どこに振るかは、学校が始まって授業で習ってからでも遅くはないと思っていた。
しかしまさかその前にダンジョンに潜る事になるとは。
「僕も急いで振った方がいいですか?」
「いや、授業でステータスを決めると無料なんだけど、そうじゃないと5万ゴールドかかるんだよ」
その上、予約も必要で数か月待ちもザラだとか。
うーんそりゃ今の自分じゃ厳しい。
先輩も無理すんなと言ってくれた。
てかこっちの人普通に良い人だな。
急に敬語じゃなくなったけど。
「よし! じゃあ5分後に装備して玄関に集合! いいな!」
「はい!」
体格の良い方の先輩も気を良くしている。
防具と一緒に、念の為にポーション各種も手持ちのボックスにいれた。
流石に快二のポーションは10個を残して部屋のボックスに置いていった。
「じゃあ彼を連れて中級行ってきます」
「はーい、気を付けてねー」
先輩二人はそう言うと、ボードの横にあるケースから中級の意味のカードを取り出した。
そしてその下に、潜る時間を書く。
いつのまにか出来ていた自分の場所に、真似して中級のカードをかける。
文字は見様見真似で書いた。ツッコミが入れられなかったので多分大丈夫だろう。
他の寮生のボードを見ると、初級に潜ってる人が数名、中級は1名、上級はいなかった。
寮にいる人、まだ入寮してない人が多い中、4割ぐらいが帰省カードがかかっている。
なるほど良く出来てる。
「パーティもこちらで組んでおくから。じゃないと経験値入ってこないし」
「万が一があっても、死体はちゃんと持ち帰ってくるからな!」
「は、ハハハ……」
《しっかしこうやって見ると、お二人ともしっかりと冒険者ですねぇ》
(というより、城で守ってる兵士に見える)
まず体格の良い方の先輩。
持つのも大変そうな、1メートル以上あろうでかい盾を持ち、背中には身長と同じぐらいのこれまた立派な槍が背負われている。
盾にはいくつもの傷がつき、戦いの痕跡が見える。
鎧は僕が着たらそのまま潰されそうな、本格的なフルアーマー。
一方、性格の良い方の先輩
全身を覆うのではなく、動きを妨げない程度に肩や銅、腰等を守るような鎧だ。
しかしこちらは鉄製ではなく、何か特殊な金属に見える。立派な鎧だ。
何かが練られているのか、鎧そのものがわずかに赤く、そして光っている。
こちらは盾は持たず、大きな剣を腰に携えている。
なるほど、1人弱い後輩を連れても強い所で潜れるだけの自信がある訳だ。
今までで一番ファンタジー感を感じる。
二人は立派な装備をすると、堂々とした態度でトイレに入って行った。
え、トイレ?
「こっちから行くと、雨に濡れないで行けるんだよ」
「あ、はい!」
トイレの裏口から出て行く戦士達。
なんという現実味のある判断。
急激なファンタジーっぽさの減衰を感じながら、トイレの裏口を通り抜け、急いで彼らの後ろをついていった。
寮のトイレにある裏口から、校舎へと屋根が続いている。
流石学校の中にある寮、傘が無くても校舎へと行ける。
一応玄関からも大回りすれば濡れないように出来そうだが、結局このトイレの前を通るのであればこっからが早い。
校舎の脇を突っ切って中庭に行くと、そこには2つの祠のようなものがあった。
「アレが、ダンジョンですか?」
「そうそう、見るの初めて?」
「はい」
「俺もこの学校に来る前は見たこと無かったわ」
祠への道も屋根がついている。
その祠を中心として、長方形の形で校舎が立ち並んでいる。
ダンジョンからモンスターが出てくる事もあると聞いてちょっと身構えていたが、今のところは大丈夫そうだ。
「こっちから見て左側が初級、右側が中級。これから中級に入るから」
「中級は初級をある程度踏破出来ないと、本来は入れないんだぞ?」
「え、僕入っても大丈夫なんですか?」
「入学したらダメだけど、まだギリギリここの学生じゃないから大丈夫だろ!」
「え"っ」
「ま、入口近くで狩りをするだけだからな。いざとなれば入口ですぐに戻れるしな!」
「それでも初級で狩るより圧倒的にレベル稼げるから安心して」
ま、まぁ仮にも異世界チート転生者ですし?
これぐらいの逆境、なんとでもしてやりますし?
はは、ハハハ……。
祠の中には、門があった。
門は緑色の液体のようなもので満たされている。
いや、空間が液体のようになっている。
ゲームの中ではたまに見るが、現実世界ではまずあり得ない。
ちょっと入るのは怖いが、二人は躊躇なく入ろうとした。
あ、そうだ。
「すいません、そういえばお名前聞いてなかったです。自分はレースです」
「俺はサンドバル」
「ガランです、よろしくね」
名前も滅茶苦茶強そうじゃん。
二人が緑色に溶け込むのを見て、慌てて自分もその中に飛び込んだ。