初めての入寮 初めてのカツアゲ
オゼ家と学校のちょうど中間。
通学路をちょっと幹線道路添いに外れた所に、この前研修に行ったお店がある。
気になってチラっと見てみると、リサさんがお店の前を箒で掃いていた。
この前のお礼も兼ねて、せっかくなので声をかける。
「おはようございまーす」
「あ、レース君じゃーんおはよー。入学式?」
「いえ、明日からです。今日は入寮だけ」
「ふーん。頑張ってね、あーしもあそこ通ってたからさ。1年半ぐらいかな」
「おー先輩じゃないですか」
「そーだよ後輩」
リサさんはそう言うと、店頭から西都サンドを持って出てきた。
この間と違って、ホカホカで温かい。
「よし、あーしからの入学祝いだ」
「おーありがとうございます。ちゃんとしたのは初めて食べる」
「今度からはお客さんとして買いに来るんだぞー?」
「え、また奢ってくれないんですか!?」
デコピンされた。結構マジの奴だった。痛い。
さっさと撤収しながら、包みを開けて西都サンドを頬張る。うんま。
「なんかこれから今日雨が降るみたいだし、行くなら急ぎなよ」
「はーいありがとうございまーす」
リサさんにバイバイしながら、近道になりそうな路地に入る。
この辺りの裏路地はまだ治安が良いから大丈夫かな。学校も近いし。
西都サンドをもぐもぐしながら、おもむろにアイテムボックスの中身を確認する。
現在僕は制服を着ている。
ブラウンベースのブレザーだ。
つまり昨夜貰った防具は着用していない。
この制服自体も装備扱いになるらしく、最低限の防御力とそこそこの魔法への耐性を持つ。
現在アイテムボックスの中には、チタン製の胸当て、革製の籠手、祝福の盾がある。
その他に毒消しや麻痺直し等の治療薬に、回復薬がなんかよく分からないが色々ある。
弱いのが10本 普通に使えるのが10本 強いのが1本
MPを回復する為のも弱いのと普通のを5本ずつ
流石道具屋の息子、ポーション回りに関しては非常に充実している。
はっきり言って、オゼ家に生まれた事そのものが、中途半端なチートよりよっぽど役に立っているのではないかとすら思う。
《その強い1本だけ貰った強いお薬、市場価格で十数万円ぐらいの価値あるみたいですよ》
「うぉぉ……」
凄い。
今までの経験的にゴールドは概ね日本円と大差はない。
1本十数万円の薬とか、保険適用でも結構値が張りそうだ。
いやいや、命に関わる薬だ。これぐらいの価値があるのかもしれない。
大事に使おう。
空はいつのまにか黒い雲に覆われていた。
まだ雨は降ってこないが、空気が湿気を含み、いつ雨が降っても分からない状態だ。
そういえば家から傘持ってきてなかったな。まぁどこかで買うか。
足が次第に早くなる。
《なんかこういう雲見ると、魔王とか幹部が攻めてきそうじゃないですか?》
「今攻められたら僕じゃ何も出来んからやめて」
裏路地を通り抜けて学校のすぐ近くまでくると、突如巨大な壁が現れる。
まるで城塞のようだと思える。高さも結構あり、我が家からもちらっと見えるぐらいだ。
材質はレンガだろうか、それにしては白いような。
《石レンガみたいですが、所々レンガも混ざってますね》
「言われてみれば」
よくよく見ると、確かに石材で出来ている。
そんな壁が、半径数キロメートルにぐるっと円を描くように立っているように見える。
しかしもっとよくよく見れば、壁の所々が違和感というか材質が違う所がある。
他と比べて、白くて汚れていない、新しい石レンガで作られていたり、石ではなく普通のレンガ だったり。
「老朽化が原因かな?」
《いえ、多分これって壊れた場所を直してるんだと思いますよ》
「なるほど」
そうこうしているうちに、頬に1滴の大きな雨粒がぶつかった。
地面にも一つ、二つと大きな雨の跡がつく。
それを皮切りに、雨が降る勢いが加速してゆく。
本格的に振ってくる前に、僕は急いでもう目の前まで来ていた学校の門の屋根に入った。
門は馬車が入る事が想定されているのかそれなりの大きさがあり、鉄製の何か綺麗な模様の門で閉ざされている。
入学式前の休校日だ。寮に住んでいる人以外は中にほとんどいないから閉まっているのだろう。
門の隙間からは奥にレンガ造りの校舎、左手には馬車を置く為のスペースが見える。
そして左手奥に見えるのは馬小屋だろうか。2匹の馬が繋がれているのが見える。
街中で馬車が走っているので珍しいものではないが、それでも何かこう男の子の心がうずく。
《いいお馬さんですねぇ》
「かっこいいなぁ」
門は閉じていたけれども、その脇に小さい門が備え付けてある。
試しに押してみると、ギィっと鈍い音を立てながら開いた。
中は小屋になっており、どうやら門が閉じている時は、ここで守衛さんに許可を貰うようだ。
守衛のお爺さんがいたので本日から入寮する旨を言い、中に入れて貰う。
「今日からなら、学校は見て回らない方が良い」
「どうしてですか?」
「たまーにいるんだよ。ダンジョンから抜け出してきたモンスターが校庭とかに」
「え゛っ」
それって寮襲われないだろうか。
いやもしかして壁が壊れた跡があったって事は、ちょいちょいモンスター出てきてるんじゃないだろうか。
寝込み襲われたら困るんだが。
守衛さんは「枕元に剣置いてあれば大丈夫」って笑っていたが、それ使う時点でもう手遅れなのでは。
本当は今の内に少し散策したかったが、忠告通り寮へと直行する事にする。
雨が強くなってきたので、寮までの少しの道をダッシュで突っ切った。
寮の戸は広く開いていた。
中はテーブルを挟んでソファーが2つ、戸の近くには掃除用具、あとはひたすら扉が続いている。
「すいませーん」
「はいはーい」
ドタドタ。
凄い軽い声と共に、奥から茶髪の女性が一番手前の部屋から出てくる。
年は母と同じぐらいだろうか、ウェーブがかかった髪はちょっと崩れている。
寮母さんらしく、掃除をして汚れても良いような恰好をしているが、何か酒臭い。
リュックを背中から卸し、床にどんっと置く。
「オゼ家出身の、レースと申します」
「おー君がレース君ね、話は聞いてるよ。上がって」
クイクイと指で呼ばれたので付いていく。
寮母さんはソファーに腰かけたので、母さんから渡された寮のお金を渡す。
彼女はそれを受け取ると、中身を数えた。
そっと反対側のソファーに座り、脇にリュックを近づける。
「えーっと、確かに。じゃあコレが契約書」
「はい」
「本当は保護者のサインが要るんだけどね、急だったし両親の確認も取れてるから、君のサインか捺印お願い」
一応さらっと読んでみる。
ざっくり要約すると、入寮には1年分の寮のお金が必要な事。
ダンジョンに入る学校の為、万が一が起きてしまった場合責任が取れない事がある事。
卒業までの全額を前払いしても良いが、その場合途中で亡くなった場合は返金は出来ない事。
等々、しっかりと責任の所在やお金についての事が書いてある。
あと全部屋相部屋だそうだ。相部屋かぁ。
そういえば言ってたな、母さんが。
まぁ大丈夫だろうとペンを借りようとしてはたと気づく。
この世界、文章は読める。言葉も聞き取れる。
あれ?文字書けない……?
やばいと思ったが、ハンコを持っていた事を思い出し捺印をする。
「確かに。これで君もこの寮の一員だ」
「よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げると、そこにスッと1枚の紙が渡される。
そこには表と裏にびっしりと寮のルールが書いてある。
「ちょっと鍵取ってくるから、それ読んどいて」
そういって寮母さんがまた一番手前の部屋に入った。
酒臭いのを除けば、意外と普通にちゃんとしてる人だな。
えーと何々?
門限はなし。ただし自己責任の事。
寮で出る食事もなし。
食事の場合は、校舎の食堂を使用とのこと。
トイレも風呂も共用。キッチンも常識の範囲で使用可能。トイレと風呂は1階、キッチンは2階。
共用の冷蔵庫を占拠するのは禁止。
夜騒ぐのは禁止。喧嘩も禁止。
部屋も綺麗に使う事。
あまりに酷い場合は退寮の上、学校の成績にもマイナス評価にする。
なるほど
厳しいルールかと思ったけど、門限なしって結構自由なんだな。
ダンジョン潜ってる間は外が暗くなっても気づかないからだろうか。
夜の街を出歩いても、普段モンスターと戦うぐらいなんだから自衛ぐらいは出来ると、そういうことなんだろう。
退寮とか厳しいっぽい事を書いてはあるが、契約書としてはまぁ普通だろう。
にしても冷蔵庫なんてあったんだな。かなりのハイテクな気がするが
《オゼ家にもありましたよ?》
(え、気づかなかった)
《ちょっと現実世界と形が違いますからね、何か丸いですし》
寮母さんが鍵を持って出てきた。
3つ繋がった鍵束から、1つを取り外す。
「無くしたら罰金があるので注意するように。それに、相部屋の人にも迷惑がかかるし」
「はい」
「あと、それを門で見せると寮の住人って証明出来るから、外行くときも必ず持ってって」
「分かりました」
「特に君はね」
「え?」
なんか意味深な事を言われたが、クイクイと再びついてくるよう指示をされたので立ち上がる。
急いでリュックを背負って追う……と思ったら何かに引っかかってる。
見ると釘がいっぱい打ち付けられてるボードがある。
所々にカードがかかっていて、その下には時間が。
ちょこちょこメモ書きもある。
「何ですかこれ?」
「あぁこれはね」
「あ、ちょい失礼」
説明してくれようとする寮母と僕の隣を、すっと誰かが割り込んできた。
ミディアムロングぐらいの長さの髪を、サンドテールにする金髪の女性。
僕よりちょっと上に見える。中学生ぐらいかな?
彼女はボードのカードを取ると所定の位置に戻し、すぐ下のメモを消す。
なるほど、なんとなくわかった。
「ダンジョンに入る時はね、このボードを使って自分が入る事を知らせておくんだよ」
「ほーなるほど」
詳しい説明を聞きつつ、関心した。
今帰ってきた彼女は、さっきまでダンジョンに入っていたのだろう。
だがダンジョンには危険がつきものだ。
何かがあった時、自分がダンジョンに入ってる事を誰も知らないと、救援も来ない。
よってこのボードで、私は今ダンジョンに入っています。という証拠を残せる。
ボードに今から入るダンジョン、目標の階層と、何時から何時まで潜るのかのメモを残す。
夕方までに帰ってくる予定の人が真夜中まで帰ってこないなら、助けを送る。みたいな事が出来る訳だ。
シンプルながら考えられている。
まぁそのころには手遅れかもしれないけども。
「この子は新入生?」
「そうそう」
「明日入学するレースです。よろしくお願いします」
「へー、あたしはリーシャ。2年生よ。強くなったら一緒に組みましょう?」
2年生なのか。
1個上なのかな? それにしては年上に見える。
まぁ自分が一度大人になった身としては皆子供なんだが。
リーシャさんはぷらぷらと手を振りながら、自分の部屋に向かう為に階段を上がっていった。
彼女は背中に弓、腰に短剣を携えていた。
弓が本格的な奴だった。なんか強そう。
その後、寮母さんに連れられてトイレ、共同浴槽、電話、キッチンの説明を聞いた。
えっ電話あるの?
「じゃ、ここが部屋だから。よろしく」
「あの、相部屋の人は?」
「貴方と同じ新入生らしいよ。詳しくは知らないけど、明日入寮予定みたい」
そういうと寮母さんは自室へと戻っていった。
ぺこりと頭を下げ、鍵を開けて部屋の中に入る。
中にはベッドが両サイドに2つ、机も2つ。
タンスは1つ、棚も1つ。
そして片方の机の横にだけ、四角く大きな箱のようなものがある
これはオゼ家から先に送ってもらった家具だ。
冒険者としてぜひ持っていた方がいいという事で、これまた入学祝いで貰ってしまった。至れり尽くせり過ぎる。
……さて、実際に試してみるか。
「どうやって使うんだろう」
《そこが引き出しじゃないですか?》
「ここか?」
引き出しのようなものを引っ張ってみると、目的のものが出てきた。
アイテムボックスだ。
父さんから送ってもらった秘密兵器。
それはアイテムボックスの家具バージョンだ。
僕は父さんからアイテムボックスを拡張する指輪を預かっている。
が、ダンジョンで手に入れた戦利品をずっと自分のアイテムボックスに入れる訳にもいかない。
どこかに預けたかった。
そこで、本来はお店で使う為のこの家具を送ってくれたのだ。
開くと200ものアイテムが入るアイテムボックスが出てきた。
ゲームで言うところの倉庫みたいなもんかな。
僕は現在自分のアイテムボックスに入っている物を全て部屋のボックスに移送すると、寮の外は危険かもしれないので、寮の中の散策を始めた。
さてどこへ行こうか、と思ったらまずキッチンが目に入る。
さきほどお風呂、トイレは確認したが、キッチンはさらっと見ただけでどういうのがあるのか気になっていた。
僕の部屋は2階の階段上がってすぐ北の部屋。
キッチンも2階にある為、部屋を出るとそりゃすぐ目に入る訳だ。
ファンタジーの世界、だと思う事は正直あるが、予想外に便利な事も多い。
まず冷蔵庫。
円柱状の家具があり、上からパカっと蓋が開く。
どういう仕組みかは分からないが、中が凄い涼しい。
現代社会で業務用のアイス用冷凍庫とかみたいに、中の壁がびっしりと氷で覆われている。
中にはキャベツと人参っぽい野菜が入っている。誰のかは分からないので蓋をする。
次に加熱器具。
なんとほとんどそのまんまガスコンロに見える。
ボタンを押すと火がコンロのように上がり、ボタンのツマミを捻ると火を弱くしたり強くしたりする。
いやガスとか無くても、魔法の技術があれば大丈夫なのか。
考えてもみれば、氷を簡単に作る事は、何もない場所では難しい。
しかし魔法の力で氷を作れるのであれば、冷蔵庫も簡単に作れる。
なるほどなぁ。
そして包丁。
とりあえず切れればいいのか、形状が日本の包丁とは違いまんまナイフだ。
てかそのうちの1本が凄い見覚えがある。
これウチの店で売ってる銅の剣じゃん。
つい手にとって眺めてみる。
オゼショップ系列のマークがついてるから間違いない。
「おう、俺のナイフがどうかしたか?」
いきなり大きな声をかけられて、びっくりしてナイフを落としそうになった。
すると、中学生の後半から、高校生ぐらいの年だろうか。
普通に大人と見間違えるほどの青年がそこに立っていた。
後ろにもう1人、中学生ぐらいの男がちょっと離れた所で様子を伺っている。
明らかに学校の上級生だ。
やべ、早速絡まれてしまった。
「あ、すいません。ちょっと気になった事があって」
「あぁ」
身長差に正直ビビる。相手は学生とはいえ既にダンジョンに潜ってるであろう先駆者だ。
腕の太さがまるで違う。めっちゃムキムキしている。
チート能力でどうにかしようにも、暗算で彼らをぶちのめすのはまぁ無理だろう。
算数のテストではぶちのめせるかもしれないが。
えーとどうしよう。
「このナイフ、どこかで見おぼえたあったもので、すいません」
そう言いながらナイフを、壁にかかっていた場所に戻す。
そしてスルッと部屋に戻ろうとしたが、今度は後ろで立っていた方の男に呼び止められた。
「ナイフって、どこで見覚えたあったの?」
「えっと、僕のお父さんのお店で……」
口にしてからハッとした。
商人の息子という事は、金を持っている可能性が高いと吐露しているようなもんだ。
事実、二人は目を合わせると、何かを頷いた。
「お前、名前は?」
「れ、レースと言います」
「上の名前は?」
「……オゼです」
それを聞いた二人は目配せをすると、こっちに来てくれとキッチンの椅子に座らさせてきた。
そして反対側に二人が座る。
完全に出口側に座られてしまった。逃げられない。
《異世界転生チート保有者が、学校前日にカツアゲにあってる……ぷーくすくす》
(うっせえ! 助けろ!)
《えーどうやってですか? ま、せいぜいがんばってください》
ぐぬぬ……
「なぁ、オゼっていうと、あの道具屋の店の関係者で合ってるか?」
「は、はい。お父さんのお店です……」
完全にバレてる。
どうしよう。
「なぁ、今お金持ってるか?」
やばい。
「いえ、いや、あの、多少は」
助けて。
「ふーん……」
戦いになっても、今の貧弱な自分じゃ決して勝てない。
いざとなれば、もう窓を開けて飛び降りるしかない。
そう思った時だった。
「お願いだ!!」
上級生の一人は両手を顔の前でパンッ!と合わせると、頭を下げた。
「快二のポーション、60個あるんだが買い取ってくれねえか!」
…………どうしよう。