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勇者と魔王と

 お店からの帰りは一人で徒歩で帰る事になった。

 日はまだ高く、この辺りは治安も良い。

 とはいえ護身用に剣を一本腰に携えてはいるが。


 暗算初級の事が脳裏をよぎる。

 まぁ、つまりこういう事だろう

 いちたすいちはー?


『2』


 カメラ、パシャッ

 じゃあないんだよ。


 所謂脳内電卓だ。

 算数や数学の試験の時だと鬼のようなチート性能をほこる。

 税理士の試験とかだと、あったら最強じゃないかな。


《いえ税理士の試験って、電卓持ち込み可能ですよ》

(え、いやそこを詳しく言われても)

《関数電卓みたいなのは無理ですけど》

(いや知らんし)


 一方で日常生活だと、スマホがあればどうにでもなってしまう。

 この世界では確かに電卓は多分存在しない。

 そう考えれば超チート能力にも見える。

 リサさん、計算すげぇ早いんだろうかなぁ……。

 でも僕には正直要るか怪しいところだ。

 ティンクルいるし。

 ……いや計算ミスるかもしれないからあんまりアテには出来ないかもしれないが。


《なにおう、計算ぐらいできますよーだ!》

(じゃあ100÷0は?)

《えーっと……ゼロ!》

『解なし』


 アホ妖精は置いておいて、とにかく念願の初チートを入手は出来た。




 街中はレンガや石で出来た家が多く見受けられるが、それは大通りだからだろう。

 一本中に入ると住宅街があり、そこには木造の家も多い。

 ダンジョンの街なのでモンスターが外に出てくることも稀にあるそう。

 なので、定期的にパトロールをする若者が見受けられる。

 その半数は同じマークを胸に付けている。


 西都冒険者学校


 もうちょっとかっこいい名前ならよかったが、「西都アドベンチャースクール」みたいなものが直訳されてしまったらしい。

 西都冒険者学校というなんかこう異世界感が若干薄れた学校の名前になっている。

 この西都冒険者学校こそが、僕がこれから通う事になる学校だ。


 学校と言っても、モンスターに襲われる可能性が常なこの世界だ。

 在学中にもダンジョンに潜ったり、クエストを受けて討伐に行ったりして稼ぐ事が出来るそうだ。

 そしてその中でも比較的安全なのがパトロールなのだろう。

 僕よりちょっと上の、12歳ぐらいの2人組の子供が、ちょっと談笑しながら剣や槍を携えて見回りをしている。

 現実世界ではありえない事だが、大人がもっと危険な事をしている以上、こういうのは子供向きなのだろう。


「なぁ、そこを歩いてるあの子達は強いのか?」

《んー、実戦経験は積んでるみたいですね。ただ大型のモンスターが出たら荷が重そうですが》

「ふーん」


 彼らは木製の笛を持ち歩いている。

 ホイッスルぐらいの小さいものだ。

 いざとなったら、その笛を吹いて周囲の人や仲間に危険を知らせるのだろう。

 まぁ深夜のパトロールならともかく、日中のパトロール程度なら彼らでも大丈夫なのだろうか。


 ティンクルは対象の強さ、つまりステータスの数字がまるごとわかるらしい。

 それを僕が尋ねる事は出来るが、今のところ実数値を教えてくれたことはない。

 ちなみにレース君はまだ実戦を経験したことが無いそうだ。

 レベルは3。過去にも家族と同行して移動したことが何度かあり、その道中で父親たちが戦った経験値を貰っていたらしい。

 ほぼほぼ初期レベルとみて良いだろう。


 ふと腰に刺さった剣を抜いてみる。

 シャーッと金属が擦れる音がする。

 子供の僕でも持てる程の剣。

 細身の剣というにはやや太い気がするが、僕でも片手で持てる程の剣だ。

 道具の専門家である父が選んでくれたのだから殺傷能力は問題はなさそうだ。

 が、無茶をするとすぐ壊れてしまいそうな気がする。


 でもこの世界で初めて手に入れた自分専用の武器だ。

 どうしても頬が少しニヤついてしまう。


「おい、街中は抜刀禁止だぞ」

「あ、はいすいません!」


 見回り中のパトロールをしている大人に怒られてしまった。

 慌てて剣を収めるが、不慣れなその様子に注意した人も軽い笑みを浮かべた。




 大広場に出た。

 この辺りはどちらかというと観光向けの施設が多い。

 戦闘向けではなく、装飾向けの綺麗な宝石のアクセサリーを売るお店。

 ちょっとお高い西都名物のお土産を売る店。

 他にも書店や靴屋さん等が目に付く。


《お父上はここらにお店を出店するのも検討したそうですが、いい空き店舗が無かったそうです》

「へー」


 だがここに出店したくなるというのも分かる。

 というのも、この大広場の中央には大きな白い像がある。

 地面に剣を突き刺した若者の像だ。

 中性的で、しかし頼りになる印象を受けるその男の像の乗る台には、初代勇者と刻まれている。

 初代勇者の像と言うだけあって、観光客は多く来るだろう。

 これから危険なクエストに行くっぽい冒険者も、安全祈願の為に立ち寄ってるように見える。

 お店を出すなら文句なしの一等地だろう。


 レース君に部屋にも初代勇者の事が書かれた絵本があり、きっと好きだったんだろうなぁとその時思った。

 彼が西都出身だったのも、ここに人が集まった一因になる気もする。

 勇者ゆかりの地であれば、強くなりたい人はここに移住したいと言っても不思議ではない。

 そしてそれを目当てに来る観光客の多いここならば、商売にも向くのは明白だろう。

 店の賃料も高そうだが。


 今朝お店に行く途中で遠目にこの像を見はしたものの、外に出たのもほとんど初めてなのでこの像もじっくり見たことはない。

 せっかくの機会なので近づいて見てみようか。

 そう思い歩みを進めるが、僕の視線は全く別のものに吸い寄せられた。


 それは金髪の少年だった。

 金髪の人物には、リサさんも含めて何人か見かけるが、彼の髪色は発色してるかと思うぐらい鮮やかな金髪だった。

 少しくせ毛の彼は、近づくとこれまた見事な白い肌の、綺麗な顔立ちをしている。

 その表情はどこか憂い気で、勇者の像を真下から、じっと見上げている。

 何だろう、彼を見たのは初めてのはずなのに、何故か既視感を感じる。

 どこかミステリアスな雰囲気の彼は、ふとこちらに気が付くと彼からこちらに歩みを進める。

 いけない、見過ぎてしまっただろうか。 


「ねぇ、君ここの近くの子?」

「あー、うん。最近引っ越してきたばっかり」

「ふーん」


 不思議そうに僕の姿を見る少年。

 そして彼はまた初代勇者の像を見上げる。

 つられて僕も見上げる。


 ……少年への既視感の正体が分かった。

 どこかこの初代勇者と、彼の雰囲気が似てる。そんな気がした。

 一人で納得していると彼は再び口を開いた。


「ねぇ、勇者って何だと思う?」

「へ?えっと……」


 突然深い問いをされて言葉に詰まる。

 これは普通に答えても良いのだろうか。

 この世界の勇者というものが前世の知識と大きく違ったらどうしよう。

 何か情報の齟齬が生まれて、転生者だとバレてしまうだろうか。

 まぁその時はその時か。


「勇者かぁ……魔王を倒した人?」

「いや、この勇者は他に仲間がいたらしいよ。でも彼らは勇者とは言われてない」

「あー確かに」


 確か絵本には勇者の仲間として、騎士、魔法使い、僧侶の3人がいたはずだ。

 トドメを刺したのが勇者にしろ、魔王を倒したのはこの4人の力が合わさった結果だ。

 だが勇者だけ勇者と呼ばれている。


 初代勇者。

 絵本によると、彼は騎士団の出身だった。

 幼馴染の騎士と2人で、魔王を倒す旅に出た。

 途中で雪山にて吹雪に捕まり、そこで氷魔法を研究する魔法使いと出会う。

 彼らは近隣の街を襲う魔物をなりゆきで撃退し、破壊された教会の僧侶も仲間に加えて旅をする。

 ドラゴンの住まう山脈を抜け、毒の生物の蔓延る森を抜け、狂暴なモンスターの住むダンジョンを抜けた。

 精霊の泉で加護を受け、勇者の剣を得た彼らは、ついに魔王の討伐を達成する。


 魔王が倒されてから幾年も過ぎ、その間に3回も魔王が出現した。

 そしてその度に勇者が現れ、魔王を討伐している。

 しかしまた魔王は現れた。

 今回の魔王に対して、未だ勇者は見つかっていない。


「ボクはさ、勇者を探してるんだ」


 彼は言う。


「魔王にとても、とても大切なものを奪われた。だから勇者を探している」

「君が勇者になればいいんじゃないか?」


 僕の言葉に彼は首を横に振った。


「ボクでは、勇者になれなかった。精霊の加護を受けられなかった」


 初代勇者は精霊の加護を受け、勇者の剣を手に魔王を倒した。

 そして2代目、3代目の勇者もそれにならい、精霊の加護を受けて勇者の剣を手にした。

 だから魔王は倒せた。

 だが彼からそれを聞いたとき、自分の胸に謎が残った。


「それは、違うんじゃないかな」

「違う?」


 そう。

 一番の謎は勇者の剣だ。

 勇者は魔王を倒す者。

 でも勇者の剣を持った者しか勇者になれないというのは違う。


「確かに初代勇者は精霊の加護を受ける必要があった。そして勇者の剣が必要だった」


 それは、魔王に攻撃を通す為だった。

 魔王には普通の攻撃がほとんど通じなかったそうだ。

 人智を超越する技や魔法を持ち、絶対的な防御と破壊的な攻撃の魔法を操っていた。

 一行は一度敗北しており、対策が必要だと感じた。

 そして精霊の加護を受けて、高性能な武器を持ってしてその防御を打ち崩した。

 勇者の剣は最高峰の武具だ。

 だが、最初から勇者の剣として作られたはずは無い。

 魔王を倒しうる武器を探し、その武器で魔王を倒す事が出来た。

 だから後付けで勇者の剣になった。勇者の剣は、倒すまでは勇者の剣ではなかったはずだ。

 その剣がもし存在しなくても、当時の勇者はまた別の剣や方法を使って魔王を倒そうとしただろう。


 勇者の剣と精霊の加護があったから魔王を倒せた。それは間違いない。

 だが、勇者の剣が無ければ、精霊がいなければ、魔王を倒す手段が一切無かったというのはそれは違う。

 この子は精霊の加護を受けられなかった、だから勇者に自分はなれないと言った。

 でも違う。

 恐らく当時も勇者の他に魔王を倒そうとした人は多くいたはずだ。

 そしてその中で、勇者が魔王を倒すという解を出せた。

 勇者の剣があり、精霊の加護があったからというのはそうだろう。

 でもそれとこの子が加護を受けられなかったのに因果関係は、無いとは言わないが薄い、と思う。

 つまり勇者は、勇者とは。


「勇者は魔王を倒す方法に辿りつけた者。なんじゃないかなぁ」





 途中から脳内で考えていた事が口に出ていて、演説のようになってしまった。

 どこから口に出ていたのか自分でもイマイチよく分かってない。

 が、どうやら彼はその言葉を聞いていたようで、何か考えてる。

 そして口を開いた。


「君は、将来冒険者でしょう? 例えば、例えばだけど魔王を倒したくなったとして、自分が勇者になれると思う?」

「まぁ、可能性はあると思う」

「精霊の加護が貰えないと分かっても?」

「もちろん」


 それを聞くと、彼はちょっと笑った。

 気づくと回りの大人もちょっと笑ってる。

 いや、傍から見ると子供の戯言にしか見えないだろうけどなぁ!

 こっちは一応異世界チート転生者なんじゃい!

 言わないけど。


「君、冒険者学校の生徒?」

「え? いやこれから入る予定」

「ふーん。名前は?」

「レース、レース=オゼ」

「レースね。ボクはアーサー。また会える気がするよ」


 そう言って彼は分かれた。

 アーサー。物凄い勇者っぽい名前じゃないか。

 僕よりよっぽど勇者の適正がありそうに見える。道具屋の息子よりは。


《そうですねぇ》

(そこ肯定されても困るんだけど)

《いやどうも彼、特別みたいですよ。何故かあの子のステータスが私すら見えないんですよ》


 ステータスが見えない?

 もう一度金髪の少年を見る。

 彼は振り返り、手を振った。

 その金色の目は、少し離れたここからですら吸い込まれるような魅力があった。

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