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両親の部屋

「先生、この問題なんだけど……」

「あ、ああ、はい……」

「先生?なんでそんなに緊張してるの?」


 亜季ちゃんがいつものように、からかうような声音で聞いてくる。

 しかし、僕はそれに応じず、彼女がわからないと言っている箇所を淡々と捕捉した。

 だが、彼女は見逃してはくれないようだ。今も獲物を見つけた猫みたいな目をしてる。


「先生?やっぱり今日は硬いですよ。悩みがあるなら教えて欲しいわ」

「…………」


 どうやら僕が緊張している理由を言うまで解放する気はないらしい。

 ……いいだろう。それなら望み通りに言おうじゃないか。

 彼女に改めて向き直り、僕は胸の内をぶちまけた。


「なんで生徒の両親の部屋で授業なんだよっ!」

「あら、先生、私の両親嫌いですか?」

「違うよ!そういう事じゃないよ!なんで君の部屋じゃなく、わざわざ両親の部屋で授業なんだよ!色々おかしいだろ!」


 当たり前な事なんだが、亜季ちゃんは僕の抗議など何処吹く風で、ふわりと襟足を弄びながら、いつもの笑顔を向けてきた。


「最初に言ったじゃないですか。今日は私の部屋、散らかって、雨漏りして、お化けがでるからダメだって」

「確認してきていいかな?」

「女子の部屋に無断で入る気?」

「ぐっ……」


 そう言われては入るわけにもいかない。やっぱり紳士でいたいよね。

 そんな紳士な僕に対し、彼女は面白い生き物を見るような目を向けてきた。


「ふふっ、やっぱり先生って面白い。素敵ですよ」

「はいはい、わかったからさっさと問題解いて」

「は~い」


 彼女はお気楽な返事をしてから、必要以上に僕にくっつき、問題を解き始めた。その横顔はやけに知的な魅力に満ち溢れ、

 とろけそうな甘い香りの中で、理性だけは見失わぬようにと、彼女には見えないように、自分の太ももをつねりあげておいた。


 *******


10分くらいして集中力が途切れたのか、亜季ちゃんは大きく伸びをした。

 その際、ブレザーの上からでもわかるくらいの膨らみが強調され、僕はそっと目を逸らしてしまった。くっ……平然としていられる精神力も、じっと見つめる度胸もない自分が恨めしい……!

 彼女は伸びを終えると、とろんとした目つきでベッドを指さした。


「ほら、先生あれがパパとママのベッドよ」

「いや、言わなくてもわかるけど……」

「あそこで私のパパとママがコトにおよんで、こうして私ができたのよ」

「生々しい言い方するな」

「ただの事実よ」

「いや、まあそうかもしれないけど……」


 それでもいきなり女子高生からそんな事を言われたら、色々とリアクションに困るので止めて欲しいところだ。そして、それをからかわれるのがしんどい。


「あそこで私のパパとママが事におよんで私ができたのよ」

「何故二回言った!?」

「大事なことだからよ」

「えっ、何?もしかして今日誕生日?」

「違います。私の誕生日は8月21日」

「あ、そうなんだ?だいぶ先だね」

「ええ。まだたっぷり準備期間はありますから、焦らないでくださいね」

「何故僕がプレゼントをあげる前提なのかな?」

「くれないの?」

「いや、ほら……その時までいるかわからないし」

「…………」


 僕の言葉に、亜季ちゃんは哀しそうに目を伏せた。

 その瞳の儚さにはっと息を呑むと、彼女は唇をそっと動かした。


「……寂しいこと、言わないでください」

「え?いや、その……」


 これは間違いなく演技だろうが、それでもその憂いを帯びた表情を見ていると、心をかき乱されるから困る。この子、本当に高校生だろうか?

 ……とりあえずこの雰囲気から早く脱出しよう。


「……まあ、多分他のバイト探すのはしんどいから、自分からは辞めないだろうけど」

「ほんとうっ?」


 ほらやっぱり演技だった……しかも無駄に可愛いのが反則ではないでしょうか?なんであんなに笑顔なの?

 暑くもないのに頬を汗が伝うのを感じ、僕は参考書に目を落として口を開いた。


「はいはい、嬉しいのはわかったから、早く続きをやろう」

「そうね、せっかくパパとママの部屋で勉強するんだから、しっかり学ばなきゃね、色々と」

「…………」


 最後の色々とが意味深すぎて、絶対につっこんじゃいけない。これだけは間違いない。そんな上目遣いされても、絶対につっこんでたまるもんか。

 ちなみに、今日の小テストは昨日より5点上がっていた。

 まあ昨日よりいいから、良しとしておこう。


 *******


「それじゃあ、また明日よろしくお願いします」

「ああ、お疲れ様」


 今日は礼儀正しく見送る気分らしい。ていうか、そういう風に振る舞うと、本当にお嬢様っぽく見えるんだよな……まあ、お金持ちっぽい家だけど。

 彼女のお嬢様モードに合わせ、こちらもなるべく優しい声のトーンで労うと、彼女は心配そうな目を向けてきた。


「そういえば先生、大丈夫?」

「え?何が?」

「ママの下着とか漁らなくてよかった?」

「何言ってんの!?」

「じゃあパパのほうがよかった?」

「重ね重ね何言ってんの!?」


 どんな家庭教師だよ!ある意味生徒に手を出すよりアウトだ……さっきお嬢様っぽいとか思ったのがバカみたいだ。

 今日もこんな感じで終わったけど、そろそろ中間テストなので、次こそはしっかりやろう。

 いつものように決意を新たにしていると、背後から「先生、忘れ物」と彼女に呼ばれたので、僕は急いで引き返した。

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