表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

はじまり

 僕には最近悩みがある。


「先生、どうかしたの?」

「え?いや、何でもないよ……」

「そうですか」


 隣にいる少女・矢内亜季ちゃんは、僕の生徒だ。家庭教師をやっている僕は、2ヶ月前から彼女を受け持っている。

 そんな彼女は、容姿は控えめにいっても美少女だ。

 セミロングの茶髪。しなやかな白い指先。そこそこの身長に、制服越しにもわかる起伏のあるスタイル。薄紅色のやわらかそうな唇。

 ……いや、さすがに見すぎだろ。まあ、向こうは全然気にしてなさそうだけど

 とにかく、そんないかにもリア充っぽい高校生の家庭教師を勤めているのだが、その際にちょっとした悩みがある。それは……


「ね、先生?ここよくわからないんだけど……」

「どれかな?」


 彼女が指し示す参考書のページに目を向けると、左肘に柔らかな感触がくっついてきた。

 ……いかん。まただ。


「あー、そ、その……近いんじゃないかな?」

「仕方ないでしょ?狭いんですから」

「そう、かな?」

「ええ。見ての通りですよ。だから、こうしてくっつくのも仕方ないですね」


 おかしいなぁ。初めてこの家に来た時には、広い部屋だった気がするんだけど。いつからこの小さめの部屋になったんだろう?

 そう、僕の悩みとは、彼女がやたらくっついてくることである。

 もしかしたら、ご褒美だろと思う人もいるかもしれないし、実際僕も嫌とかじゃないのだが、とにかく……反応に困る。

 彼女いない歴19年の僕は、女性への免疫がない。ぶっちゃけ、この距離感は色々と、やばい……。


「先生、顔赤いですよ?」

「そんなことないよ」

「あるよ。ほら……」

「っ!?」


 つんつんと頬をつつかれ、顔が熱くなるのを感じる。

 そのせいか、そのしなやかな指先の細さや、ひんやりした感触が強調され、余計に気恥ずかしい。

 だが、耐えねば!大学生が女子高生に翻弄されるなど……


「や、やめなさい。テスト前なんだろ?」

「ふふっ、可愛い♪あと、先生のおかげでここの問題解けましたよ」

「え?」


 問題集に目を落とすと、いつの間にか答えが書き込まれていた。あれ?さっきまで悩んでいたような……?

 しかも正解……。

 あと字も滅茶苦茶綺麗で読みやすい。これは……


「もしかして、本当はわかってたんじゃ……」

「そんなわけないじゃないですかー。ほら、私、バカですから」

「…………」


 確かに。

 前回のテストは学年最下位だった。

 前回……だけは。

 家庭教師初日に、彼女の母親……凜さんが言っていたのだが、つい最近まで成績上位だったとか……さらに無遅刻無欠席を継続しているらしい。優等生の鑑だろう。

 そんな彼女がいきなり学年最下位。

 はたして、そんな事ってあり得るのか?

 ……いや、生徒を疑っても仕方ない。僕は自分の仕事をするだけだ。

 さてと、次は……


「先生そろそろ休憩しましょうか?先生とお話したいです」

「いや、まだ休憩には早いんだけど……それに、お話って……」

「生徒とのコミュニケーションは大事だと思いません?だって私達、卒業まで二人三脚でしょ?」

「…………」


 そうなのか。

 卒業まで彼女の面倒を見るのは確定してるのか……初耳だな。


「まだ、卒業までここで働くと決まったわけじゃ……」

「…………」


 彼女の言葉を否定しようとすると、彼女は寂しそうな目でこちらを見つめてきた。

 十中八九演技だろうけど、そんな捨てられた小動物のような目をされたら……くっ!


「……なるべく長く、一生懸命教えさせていただきます」

「やったぁ、先生のそういう真面目なところ、好きよ」

「はいはい。じゃあはやくこのページの問題解こうね」

「ふふっ……わかりました♪」


 *******


 何とか無事に今日の仕事終了。まあ、基本的にはいい子だから、特に大きな問題はないのだ。ただくっついてくるだけで。

 玄関には、亜季ちゃんと凜さんが二人で並んで立っている。本当によく似てるよな、この二人。凜さんの見た目の若さも相まって、姉妹と呼んでも差し支えないくらいだ。

 感心していると、凜さんがやわらかな大人の笑みを見せた。


「先生、今日もありがとうございました」

「いえ、それじゃあまた明日。亜季ちゃん、わからないところがあったら聞いてね」

「ええ。ありがとうございます。いつでも電話しますから……ね?」

「……う、うん」


 いつでもはやめて欲しい。ていうか、君のお母さんが隣にいるんだけどなぁ……いや、凜さんも笑ってる。ならいい、のか。

 それにしても、いたずらっぽく笑う亜季ちゃんは、本当に小悪魔に見えた。

 実際そうなのかもしれない。

 僕みたいなのにわざわざ密着してからかってくるのだ。そうじゃなければ説明つかない。

 ……なんて考えながら歩いていると、彼女の横顔が何度もちらついた。

 これは、そんな不思議な彼女と平凡な僕の物語。

 ……とりあえず、明日こそは最後まできっちり授業しよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ