第八話 家族とは
「君と少し話がしたいのだけど、いいかな」
食事を終えたらしいので、食器を下げるためにテーブルに近づくと、ラウレンスが私に訊いてきた。ロンバウトは困ったように私を見て、団長は眉をしかめている。
「アニカに何の用だ?」
「忌憚のない意見というものを伺いたくてね。彼女は素朴で正直そうだし」
ラウレンスは団長の問いにそんな風に答えている。それって、褒めてないわよね。絶対に田舎娘だって馬鹿にしている。少し感じ悪いけれど、ロンバウトを心配しているのだろうと思うと、無下に断ることもできない。
「私でよろしければ」
そう頷くと、ラウレンスは笑みを見せた。その笑顔はやはりロンバウトと似ている。
ラウレンスと食堂の隅にあるテーブルに移動し、向かい合って座ることにした。
「弟は随分と君のことを気にしているようだけれど。ほら、今だって心配そうにこちらを見ている」
ラウレンスが首を振った先には、隊長と並んでロンバウトが座っている。確かに彼は私の方をじっと見ていた。
「それは、私が食事を渡す係だからではないでしょうか? いつも大盛りにしているので、感謝されていると思います」
ロンバウトの嬉しそうな顔が可愛くて、ついつい大盛りにしてしまう。そして、彼はそれをペロッと完食してしまうのだった。
「まあ、そうかもしれないね。弟の関心の多くは食べることだろうし。ところで、弟はボンネフェルト騎士団で実際どのような扱いをされているのだろうか? 団長殿は他の騎士と同じような役目を与えていると言っていたが、そんなことが本当に可能なのかな。正直に教えてもらいたい」
本当に弟を心配しているだけなのか、他意があるのか、ラウレンスの真意が掴めない。
「ロンバウトさんは町の見回りを立派にこなしています。そして、多くの人を救っているのです。町の人たちにも、他の騎士にもとても信頼されています」
ラウレンスの思惑がどうであれ、私の答えは変わらない。ロンバウトはボンネフェルト騎士団の優秀な騎士なのだ。
「弟は食欲や睡眠欲に逆らうのが難しいと思うんだ。それに、走りたい欲望かな。それでも、騎士が務まっているのだろうか?」
「それを補って余りあるほど、ロンバウトさんの能力は凄いのではないですか? 団長さんがそこらへんを上手く制御しているのだと思います」
「そうか、それなら良いのだが」
ラウレンスは私の言葉の真偽を見極めたいと思ったのか、じっと私を見つめていた。
「そんなことより、騎士を続けるのが難しいと感じながら、ロンバウトさんを勘当したうえに、こんな地方の騎士団に追いやったのですか? 今更こんなところまで見に来られたのは、罪悪感のためなのでしょうか?」
貴族相手のこんなことを言っては駄目だとわかっていたけれど、どうしても黙っていられなかった。いつも笑顔のロンバウトだけど、内心では悔しかったのに違いない。
「そう思われても仕方がないな」
ラウレンスはため息をつきながら軽く頭を振った。
「弟には婚約者がいた。有力侯爵家の令嬢でね、侯爵はいくつかの爵位を有していて、結婚後はロンバウトに子爵位を譲ってくれることになっていたんだ。でも、魔女に呪われ獣化してしまった弟は婚約を破棄された」
ロンバウトが婚約していた。それを聞いて胸がチクリと痛んだような気がした。それは、ロンバウトの苦しみを想像したからに違いない。
近衛騎士としての職務を全うしたのに、あのような姿にされ、声まで失ってしまった。その上、婚約を破棄されてしまうなんて、どれほど辛かったのだろうか。
「すると、婚約者のいなくなった弟に、爵位や金目当ての女性が群がって来たんだ。弟の姿を蔑みながら、理性を失ってしまった弟ならどうにでもできると考えたらしい。君も感じているように、弟は食べ物に釣られてそんな女と結婚を決めてしまう恐れがあった」
私は食べ物でロンバウトを釣ったりしない。仕事をしているだけだから。
「でも、ご家族が反対すれば良かったのではないでしょうか?」
確かにロンバウトがそんな女性と結婚するのは耐えられないと思うけど、貴族なので、自分たちだけで結婚を決められないはずだ。
「父は随分と悩んでいた。打算的な相手であったとしても、貴族としてロンバウトを結婚させた方が幸せになるのか、それとも、貴族としての役目から解放して、本能のまま暮らせるようにした方がいいのかと。そして、解放を選んだ。ロンバウトにとっても、婚約者との思い出がある王都に、あの姿を晒しながら住み続けるのは辛いだろうし、何より、理知的だった弟の変わりようが私たちには耐えられなかった。呪いを解くことができないのならば、せめて、弟の好きなように生きさせてやりたいと、父は王宮騎士団に願い出たんだ」
獣化したから勘当するなんて、冷酷な親だと思っていた。王や王宮騎士団だって、功績のある騎士を追い出すとは、人情の欠片もないのかと憤りを感じていた。
「父や母、兄や姉、そして私も騎士たちのことを家族だと思っています。それはロンバウトさんだって同じです」
「ありがとう。弟は本当に幸せそうにしている。君の父上は弟にあの石板を作ってくれたのだな。私たちには思いもよらなかった」
父は木の板に石板を貼り付けて割れにくくし、木に穴を開けて紐を通したのだった。蝋石も紐で縛って吊り下げていて、いつでも文字が書けるようになっている。ロンバウトはそれを鞄のように肩から斜めにかけていて、いつも持ち歩いていた。
他の騎士も町の人も、文字で意思疎通ができる彼の理性を疑ったりしていない。
ロンバウトは、食べることと走ることが大好きな普通の騎士なのだから。