第六話 歓迎会
「悪いのはデニス君だと思うわよ。突然肩を掴まれたらびっくりするもの。ロンバウト君はアニカを守ろうとしてくれただけよね」
「お母さん!」
どこからか現れた母が、睨み合っているデニスとロンバウトに声をかけた。
「お、俺はアニカのことが心配で。こんな獣のような奴に気を許したら危ないって思ったから」
母は私より小柄だけど、なぜか独身寮の騎士たちに恐れられていた。デニスも母親に悪戯がばれた子どものような顔をしながら言い訳をしている。
「それはアニカも良くわかったと思うわよ。アニカにとっては、デニス君よりずっと弱い男性だろうと、襲われたら危険なことに変わりないもの。それはデニス君だってロンバウト君だって一緒よ」
「俺は騎士だ。女性を襲ったりしない!」
デニスがそう叫ぶと、ロンバウトは何度も頷いていた。
「そうね。二人とも信頼しているわ。でも、アニカに何かしたら、食事を抜くからね。覚悟しておきなさい」
母が睨むと、二人は黙って頷く。運動量の多い騎士にとって、食事抜きは拷問に等しいのかもしれない。
「さあ、夕食の用意をしなければ。アニカ、行くわよ」
母が私の腕を軽く掴むと、緊張のため強張っていた体がやっと動き出した。
デニスの大きな手で肩を掴まれ、とても怖いと感じた。振り払おうとしてもできなくて情けなかった。デニスは本気で私に危害を加えようとしたわけではない。それでも、圧倒的な力の前になす術がなかったのだ。
「ふう」
大きなため息をつくと、隣を歩く母が私を見ながら微笑んだ。
「大丈夫よ。ここは誇り高いボンネフェルト騎士団の独身寮。誰もアニカを傷つけたりしないわ。私もここで育ったからね」
母方の祖父母はここの管理人だった。母は独身寮に住んでいた騎士の父と大恋愛の末結婚したらしい。ちょっと羨ましく思ってしまう。
ちなみに兄の奥さんは騎士の娘で、姉の旦那様も騎士。本当に狭い世界だと思うけれど、騎士団駐屯地の敷地内に住んでいる私たちには、騎士以外の人と出会う機会が少ないので、そうなってしまうのも仕方がない。
「ねえ、町は楽しかった?」
「うん、とっても。ロンバウトさんはとても優しくて、小さな子どもに『かわいい』と言われても怒ることなく、微笑みながら足の裏を見せていたの」
母の問いには心から頷けた。ロンバウトはやっぱり優しい騎士だった。そして、お肉が大好きだ。そんな彼と一緒にいると、本当に楽しいと感じる。
「確かにあの肉球は可愛いわ。歩いている彼の後ろにいると、肉球がちらちら見えるじゃない? それがあまりに可愛いのでじっと見てしまうわよね」
その母の言葉には同意しかない。ロンバウトを可愛いと思っているのが私一人ではなくて安心した。
ロンバウトと一緒に町へ行ってから十日ほどして、彼の歓迎会が開かれることになった。歓迎会は夕方から始める予定だが、父は朝から料理の用意をしている。大きな肉の塊に太い串を刺して、食堂から出入りできる庭に置いた専用のコンロに取り付けた。コンロと串は騎士団出入りの鍛冶屋に頼んだ特注品で、昨日届いたばかりだ。
そのコンロは串を置く高さを自由に変えることができるようになっている。最初は一番高い位置に肉を置いて遠火の炭でじっくりと焼いていくのだ。非番の騎士が交代で串をゆっくりと回している。いい匂いが食堂まで漂ってくるようだ。
ロンバウトはとても肉が気になるようで、時々走るのを止めて見に来ている。そして嬉しそうに走り去るのだった。
私は果物のコンポートを作っている。兄もやって来てパンを作り始めた。兄のパン作りが一段落したら、タルト台を焼くつもりだ。
母は大きな鍋で魚介類と野菜がいっぱい入った煮込み料理を作っている。姉は塩漬けの腸に味付けたひき肉を詰めていた。歓迎会が始まる直前に茹でて暖かいうちに食べるととても美味しい。
まるでお祭りみたいで、私たちはワクワクしながら、非番の騎士たちと一緒に歓迎会の用意をしていた。
夕方になると、大きな酒樽と一緒に団長がやってきた。
辺境騎士団には一万人ほどの騎士がいて、その大半は国境近くの砦のように堅牢な城を守っているという。そして、その近くには規模が大きい国境の町があり、そこにも多くの騎士が詰めていた。そんな騎士たちを束ねているのが辺境伯である。
三百人規模のボンネフェルト騎士団は辺境騎士団の分団扱いであるが、命令系統は独立しているとのこと。万が一ここまで敵が攻めてきた場合、団長が全ての指揮を執り最終決戦となるのだ。だから、こんな小さな町の騎士団なのに、辺境伯の弟が団長を務めている。そして、優秀な騎士がこの地に集っているらしい。
王都方面へ行く方の門の先は、両方に山が迫った谷になっており、この町を通過しないと辺境伯領地に出入りできないようになっている。そして、隣国と国境を接しているのは辺境伯領地だけだ。
この町の騎士は隣国との貿易も管理していて、危険なものが持ち込まれたり、誘拐された人が連れ出されないように見張っている。
「美味そうな料理が並んでいる。ロンバウトも喜ぶだろうな」
そう言って団長は料理を並べたテーブルの横に酒樽を置いた。
本日は立食形式で、並べた料理は自分で皿に取り自由に食べることができる。庭にもテーブルと椅子が置かれ、寮住まいの独身騎士だけではなく、既婚騎士やその家族も参加できるようになっていた。
「本日は王宮騎士団よりやってきたロンバウトの歓迎会だ。縁あって仲間になったのだ。時には命を預け合わなくてはならないかもしれん。皆仲良くしてくれ。このような会を開いてくれたブレフトとその家族に感謝しつつ、多いに楽しもう」
団長の乾杯の音頭に、皆酒が入ったグラスを掲げる。ちなみに私とロンバウトのグラスには果物のジュースが入っていた。子ども扱いされているようでちょっと不満だ。
ロンバウトはお酒を飲ませてもらえないことなど何とも思っていないらしく、楽しそうに料理を皿一杯に載せて、壁際に置かれた椅子に座って行儀よく食べていた。
「デニス、ロンバウトと揉めたらしいな。同じ騎士団の仲間なのだから、仲良くしてほしいのだが」
団長が不機嫌そうに立っているデニスに近寄って肩を叩く。
「わかっています。ただ、ロンバウトはあまりにも身体能力が高くて、それなのに本能のまま生きているようで、不安に思っているだけです。それに、今まで伝説だと思っていた魔女が実在していたなんて衝撃的で。俺たちがいくら鍛えても、呪ったり魔法を使ったりする魔女には勝てそうにもありません」
「魔女が実在していたのは本当に驚いたな。私もただの伝説だと思っていた。だがな、ロンバウトは獣化の呪いを受けながらも、魔女に重傷を負わせて追い払ったとのことだ。決して勝てない相手ではない。そして、ロンバウトは理性を手放してはいない。それは私が保証する。我が騎士団にとって、彼は頼もしい戦力となるだろう」
「団長、了解しました。ロンバウトは俺たちの仲間です」
全て納得したわけではなさそうだけど、デニスは団長の言葉に頷いた。
その日は夜遅くまで飲んで食べて、皆で騒いでいた。ロンバウトもとても楽しそうにしていた。