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閑話:ボンネフェルトにて

「ロンバウト! アニカを無事に助け出してくれたんだな」

 薄汚れたロンバウトが息も絶え絶えになりながら独身寮に飛び込むと、たまたま玄関にいた寮長のブレフトが嬉しそうに駆け寄ってきた。

 まだ何も報告していないのに、なぜわかるのかとロンバウトが首を傾げる。

「アニカを見捨ててロンバウト一人が帰ってくるなんて、ありえないだろう? だからアニカは無事に決まっている」

 にかっと笑うブレフトを見て、ロンバウトも笑顔で大きく頷いた。


 そうこうしているうちに、ブレフト一家や非番の騎士が玄関に集まってきた。そして、アニカの無事を知って歓声を上げる。


「ロンバウトさん、アニカを助け出してくださって、本当にありがとう! ロンバウトさんなら絶対にアニカを救ってくれると信じていたわ。それにしても、とても大変だったのでしょうね。かなり汚れているわ。さっさとお風呂に入りましょうか? それから夕食にしましょう」

 それはブレフトの妻、アニカの母親の言葉だった。本音を言うと、ロンバウトはできるだけ早くアニカを迎えに行きたかった。しかし、ろくに食事もとらず走り続けてきたので、夕食という言葉の魅力に抗うことができない。知らず知らずのうちにロンバウトは思い切り尻尾を振り回していた。


『掃除が大変ね』

 ロンバウトの尻尾に付着していた砂埃が舞い散るのを見て、一瞬眉をひそめたアニカの姉フェリーネだったが、大切な妹を助け出してくれたのだからと、すぐに笑顔に戻った。しかし、ロンバウトはそんな彼女の表情の変化を読み取り、申し訳なさそうに尻尾を垂れた。獣のような耳もぺたんと伏せている。

『相変わらず可愛いわね』

 母と姉は目を見合わせながら、内心で身悶えしていた。



 ゆったりと入浴を済ませ、夕食をたらふく味わったロンバウトは、狭い部屋に戻って騎士服に着替えた。そして、慌てて部屋を出るとブレフトが待っていた。

「アニカを迎えに行くつもりならやめておけ。団長たちは訓練を兼ねている。訓練内容は、追われている貴婦人を辺境伯領まで護衛すること。なんとアニカは貴婦人役なんだ。だから、団長たちは街道を通らずに帰ってくるはずだ。絶対に行き違いになるぞ。ここで待っていた方が早く会える」

 そう言いながら、ブレストが差し出したのは肩にかけられるように紐をつけた石板だった。その横には石墨と花形に編んだ毛糸が入った小さな箱がついている。声で意思を伝えることができないロンバウトには絶対に必要なものだからと、予備を用意してあったのだ。


『寮長、ありがとうございます』

 さっそくロンバウトは真新しい石板にお礼の言葉を書いた。

「寮に住む騎士が快適に生活できるようにするのが俺たち一家の役目だからな。その石板を持って、明日からまたボンネフェルトの町を護ってくれ。俺たちの大切な町なんだ。だから、今日はゆっくりと休め」

『了解しました』

 ロンバウトは騎士の礼を返し、部屋へと戻っていく。


 普通よりは大きなベッドが半分を占める狭い部屋だ。小さな机と椅子以外何もない。そんな快適とは言い難い住まいだが、不思議と落ち着くとロンバウトは感じていた。

 聖獣は狭い巣穴で家族身を寄せ合い暮らすという。そのせいかもしれない。

 久しぶりにベットに横になったロンバウトは、やはりかなり疲れていたらしく、目を閉じるとすぐに眠りに就いた。



「アニカは無事だったんだね。さすがロンバウトさんだ」

 翌日、ボンネフェルトの町を警邏(けいら)していると、肉屋の女将さんから声をかけられた。

「うん、ロンお兄さんはすごいよね」

 小さな子どもたちがロンバウトを取り囲む。

 アニカが魔女に攫われて、ロンバウトが救出に向かったことは町の誰もが知っていた。そして、昨日のうちに夜回りの騎士のよってアニカの無事が伝えられていたのだ。


 本当に優しい町だとロンバウトは感じていた。彼がやって来たせいで魔女が襲撃してきたというのに、誰も責めようとはしない。

 若い女性の多くはロンバウトの姿を恐れているようだが、近づかないだけで、ことさら彼を貶めるようなことはなかった。



 困っている町の人々を助け、騎士団の訓練場で思いきり走り、朝昼晩の料理を堪能する。そんな日常が戻ってきた。それでも、ロンバウトの心は満たされない。早くあの輝くような笑顔を見たいと願ってしまう。

 そんな鬱積した思いを抱えながら、ロンバウトは木の下で休憩をとっていた。いつもならばアニカと並んで座り、石板で会話を楽しむ彼のお気に入りの場所だ。しかし、今はアニカがいない。


「ロンバウト、暇そうだな。ちょっと俺と剣を交えてみないか? これでも現役時代はボンネフェルトの狂犬と呼ばれていたんだぜ」

 そう声をかけたのはブレフトだった。昼食の片づけが終わり、夕食の仕込みまでの短い休み時間だ。

『お相手いたします』

 美しい文字で石板にそう綴ったロンバウトは、ブレフトと並んで剣技場へと向かう。



 ブレフトの一撃目はロンバウトが思っていたよりずっと早くて重かった。しかし、それをあっさりと剣で受けたロンバウトは、そのまま押し返す。

 ブレフトが持っていた模擬剣が宙を舞って、一瞬で勝負がついてしまった。

「ボンネフェルトの狂犬もボンネフェルトの聖獣には敵わなかったな」

 そう言って笑ったのは、見学していた一人の騎士。ロンバウトが知らないうちに二つ名がついていたらしい。

「聖獣だからな。犬も恐れて逃げ出すというし」

 ブレフトが悔しそうに模擬剣を拾い、無造作に剣立てに投げ入れた。随分と慣れているらしく、模擬剣は剣立てに吸い込まれるように収まる。


「寮長にはもう少し粘ってもらいたかったな」

 アニカの義兄であるレクスが小さな声で愚痴っていた。

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