第二十話 王都にて
団長たちと合流した日の夕方、王都に一番近いという町に着いた。明日の夕方には王都に入るらしい。
「ここがアニカの部屋だ」
団長に連れてこられたのは、かなりの高級宿。その中でも一番広い部屋だった。ベッドはとても大きくて天蓋がついている。ソファや机、椅子もとても高級そうだ。壁は真っ白で染み一つない。
「ここは団長が使う部屋ではないのですか? 私はもっと狭くて安い部屋で十分ですから」
この部屋は庶民が泊まってよいところとはとても思えない。本当なら私一人だけの部屋をとってもらうのも贅沢だけど、私の他は全員男性だから、彼らと同じ部屋でもいいとはさすがに言えなかった。
「この行軍は訓練を兼ねている。想定しているのは急遽とある場所へ行かなければならなくなった貴婦人の護衛。馬車では間に合わないので馬に乗せて移動するという設定だ。アニカはその貴婦人役だからな。宿での警護方法も訓練の一環だから、気兼ねなくここを使え」
「それならお金を払います! 魔女から帰りの旅に使えと銀貨をもらったんです」
そう言ってから思い出した。魔女からもらった銀貨は、かなり重たかったのでロンバウトが持ってくれているのだった。
「銀貨はロンバウトに預けていますので、お支払いは帰ってからになりますけれど」
「金のことなど気にするな。この旅に必要な経費は全額王宮に支払わせてやるから。魔女からもらった銀貨はアニカとロンバウトで使ったらいい。私とラルスは隣の部屋にいる。他の騎士も定期的にこの部屋の前を巡回する予定だ。何かあったら気軽に声をかけろ。今日は長時間馬に乗って疲れただろう? ゆっくりお休み」
団長が部屋を出て行こうとしたが、一緒についてきていたデニスは動こうとしない。
「アニカ」
デニスに声をかけられたけれど、しばらく無視すると決めていたから返事はしない。
「アニカ、俺が悪かった。無視しないでくれ。いくらでも謝るから」
「謝る相手が違うと思うけど」
デニスの声があまりに情けなかったので、無視はこれくらいで終わりにしてあげようと思う。
「もちろん、帰ったらロンバウトにも謝る。あれは、仲間に対して言っていい言葉じゃなかった」
「ロンバウトさんを仲間だと認めてくれるのね?」
獣化した姿を嘆くこともなく、騎士である続けようとするロンバウト。彼が望むのは騎士として仲間に受け入れられることだと思う。
「当然だろう。ロンバウトはすごい騎士だからな。だけど、アニカが泣いているのを見て、冷静さを失ってしまったんだ」
「そうか。ありがとう。私のことを心配してくれたんだよね」
「あ、ああ」
デニスは気まずそうに俯いてしまった。
「デニス、これからは言葉に気をつけろ。それでは行くぞ」
「わかりました。団長」
今度こそ、団長とデニスが部屋から出て行った。寝衣用にと買った白いワンピースに着替えて広いベッドに横になる。天蓋に吊るされたレースのカーテンに囲まれていると、本当にお姫様になったような気分になる。とても楽しかったけれど、疲れていたのか、すぐに眠りについたので、豪華な部屋をあまり堪能できずちょっと残念だった。
翌日の夕方、ようやく王都を囲む高い塀が見えてきた。
夜には閉まるという頑丈な門をくぐると、どこまでも続く石で舗装された大きな道と、見渡す限りの家並みが目に入ってきた。ボンネフェルトの町とあまりに違う規模の大きさに圧倒されてしまいそう。
道沿いには様々な店があり、店頭まで商品を並べている。広い道は馬車と人が通るところが区別されていて、歩道は沢山の買い物客でにぎわっていた。
きょろきょろしていると田舎者だと思われそうだけど、あまりに楽しそうなのでついつい見てしまう。
「もうすぐ日が沈む。今から買い物は無理だな。明日から三日間、王宮騎士団と合同演習を行う。それが終われば帰路につく予定だが、その前に買い物を楽しむか?」
私の様子が物欲しそうに見えたのか、団長が笑っている。揶揄われているような気もするけれど、王都なんてもう一生訪れることもないかもしれないので、記念に何か買うことができたら嬉しい。それに、騎士のみんなだって、恋人にお土産の一つも買いたいのではと思う。
「でも、お金がないです」
そうだった。銀貨を全部ロンバウトに預けてしまったんだ。
「心配するな。金なら王宮からアニカへの賠償金という形で分捕ってきてやるから。それでは、王都での最終日の午前中、お忍びで王都散策する貴婦人警護の訓練を行う。訓練の合間に交代で買い物をすることは許可する。その代わり、合同演習では絶対に気を抜くなよ。王宮騎士団に舐められないようにな。我々は最強のボンネフェルト騎士団だ!」
「おお!」
団長の言葉に応えるように、騎士たちまるで鬨のような声を上げた。何事かと周りの人がこちらを見ている。ちょっと恥ずかしいけれど、みんなで買い物をするのは楽しみだ。
「ところで、我々はこれから王宮騎士団に駐留して明日より合同演習を行うが、アニカを連れて行くことはできない。そこで、アニカはコールハース侯爵家へ預けることとする。コールハース侯爵はこの国の宰相閣下で、娘のマリエッテ嬢は離婚した王太子の新しい妃となることが決まっている。前王太子妃のせいで魔女に攫われるという被害に遭ったアニカのことをしっかりと世話してくれるはずだ」
「新しい王太子妃様って、ロンバウトさんの婚約者だった方ですか?」
まさか、そんな家のお世話になるなんて、思ってもみなかった。
「アニカ。知っていたのか? ロンバウトとのことが気になるのなら、直接本人に訊いてみろ」
「でも、王太子妃となられる侯爵令嬢に話しかけることなんて、できるはずありません」
そもそも平民の私がお嬢様に会えないと思う。
「そんなことは気にせず、マリエッテ嬢と気軽に話せばいい。アニカは客として滞在することになるんだから。客の相手をするのはもてなす側の礼儀だ。まあ、あの二人は急に婚約が決まって、あっという間に解消となったから、ロンバウトに関してはアニカの方が絶対に詳しいと思うけどな」
元々恋人同士だったんじゃないの? ラルスの言うように、本当に政略的な婚約なの?