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第十九話 騎士であるために

 ボンネフェルト騎士団長率いる一行は王都に向かっていると聞いたから、それで不安になってしまったのだと思う。ロンバウトが人として生まれ育った場所。そこには彼の家族も婚約者だった人もいる。そんな場所から引き離すことになったのは私のせいだ。

 だから、私を馬の前に乗せてくれているラルスについ訊いてしまった。

「婚約者を愛していた?」

 後ろを振り返ると、ラルスは辛そうな顔をしていた。いくら親しい仲でも、こんなことを訊くべきではなった。

 ラルスは二十歳の時に辺境騎士団の分団からボンネフェルト騎士団に異動してきた。噂によると、男爵家の令嬢から婚約を破棄されてしまったらしい。それ以来、結婚もせずになぜか部隊長になる話も断り、独身寮に住み続けている。もう六年も前のことだけど、ラルスにとっては今でも思い出すのが辛い記憶なのに違いない。


「ご免なさい!」

 慌てて謝ると、ラルスは小さく首を横に振った。そんなラルスを見ているのが心苦しくて前を向くと、地平線の果てまで続いている草原が目に入ってくる。上を向けばまだ日は高く、ふわふわとした白い雲がゆっくりと流れていた。軽快に走る蹄の音だけが辺りに響いている。

 

「俺は母親だけしかいなくて、その母も早くに亡くなったから、彼女とは温かい家庭を築きたいと思っていた。互いに信頼して協力しながら、授かった子どもたちを優しく時に厳しく育てていく。そのような平凡な夫婦になりたかったんだ。でも、そう思っていたのは俺だけで、彼女にとってはただの政略結婚。彼女は貴族の娘だったから」

「もういいの! 本当にご免なさい。辛いことを思い出させてしまった」

 ラルスと婚約者の間に何があったかわからないけれど、関係のない者が気軽に訊いていい話じゃない。


「そうじゃない。気を使わせて悪かった。口下手なもんで上手く説明できなかった。ロンバウトも相手の侯爵令嬢も貴族なので、恋愛感情で婚約したとは限らないと言いたかっただけだ」

「でも、侯爵家の令嬢ならば、伯爵家を継ぐ嫡男ならともかく三男と結婚するのは普通じゃないと思うの」

 ロンバウトの身分は騎士爵というものだったらしい。彼の婚約者にはお兄さんがいて、彼女が侯爵家を継ぐこともない。だから、侯爵令嬢が騎士爵の妻になろうと思ったのは、愛のためではないかと姉が言っていた。

 人の姿のロンバウトはとても整った容姿をしていた。それに、とても強くて優しい。身分など気にならないほどに彼と結婚したいと思って当然だと思う。

 

「そうであったとしても、ロンバウトの獣化した姿を見てその令嬢が婚約破棄を望んだのならば、その恋は完全に終わったはずだ。アニカが気にすることではない」

「き、気にしているって、違うの! それは、私のせいでロンバウトさんが獣化した姿で生きなければならなくなったから。そのせいで婚約者とも別れなくてはならないのなら、本当に申し訳なくて」

 六年前のことでもラルスはこんなにも辛そうにしていた。ついこの間に婚約を破棄されたロンバウトはどれほど辛い思いをしたのだろうか。そう思うと、また泣きそうになる。


「それはアニカのせいではない。ロンバウトを獣化したのは魔女で、その原因を作ったのは王太子妃だ。もう離婚されたので前王太子妃だな。とにかく、アニカは巻き込まれただけの被害者だからな。気にする方がおかしいぞ」

「でも…… 人に戻る方法があったのに」

 私さえ魔女の森に残れば、それですべては終わったはず。


「なあ、ロンバウトは誇り高い騎士だぞ。アニカを犠牲にして人の姿に戻ったとしても、あいつならもう騎士として生きてはいけないだろう。ロンバウトは騎士であることを選んだんだ。だから、団長の言う通り、詫びなんかじゃなく、単身でアニカを救出したことを褒めてやれ。そして、どんな姿になったとしても騎士として、ボンネフェルト騎士団の仲間として認めてやれ。そうすれば、ロンバウトは生きていける」

 助けてくれたことを褒める? ロンバウトを騎士として認める? それは団長が言った手に口づけする栄誉を与えることに違いない。助け出してもらったのに、あり得ないほど上からだと思うし、かなり恥ずかしいけれど、それが騎士の常識ならばやるしかない。そうすればロンバウトは騎士として生きていけるんだ。

「わかった。ラルスさん、ありがとう」

 礼を言うために振り向くと、ラルスはとても優しい笑みを浮かべていた。


 だから、また訊いてしまった。

「ねえ、ラルスさんは結婚しないの?」

 六年前の婚約破棄がとても辛かったとしても、幸せになっては駄目なんてことはない。温かい家庭を共に築いてくれる相手がどこかに絶対にいるはずだから。

「俺には幸せになる資格などない。六年前、一人の女を犠牲にしてしまったんだ。もう騎士として生きていく資格もないのかもしれないが、俺はこの生き方しか知らないから」

 再び眉間に皺を寄せたラルスが、力なく首を横に振りながら小さな声でつぶやいた。

 六年前、とても辛いことがあったのだろうけれど、もうそれ以上訊くことはできなかった。


 それからラルスは黙ったまま馬を走らせていた。

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