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第十八話 お姫様の作法

「ロンバウト! アニカが魔女に攫われて怖い思いをしたのは全部お前のせいなのに、その上アニカを泣かせるなんて、いったい何を考えている! お前なんかボンネフェルトに来なければよかったんだ!」

『やめて!』

 そう叫んでデニスを止めようとしたけれど、その前にとても不機嫌な低い声が響いた。

「ロンバウトをボンネフェルト騎士団に受け入れると決めたのは、辺境伯である兄上だ。もちろん、団長である私も賛成した。そんな我々の決定をデニスは否定するつもりか?」

 馬上からボンネフェルト騎士団長が声を張り上げていた。まさか、団長までこんなところにいると思わなかったので、涙も引っ込んでしまうくらいに驚く。団長の後ろには見知ったボンネフェルトの騎士たちが三十人ほど控えている。殆どが独身寮に住む若い騎士たちだ。


「ち、違います! 辺境伯閣下の決定に反対するつもりなど微塵もありませんでした。ただ、アニカが泣いていたから……」

 青い顔をしながら首を振っているデニス。今更言い訳するくらいなら、最初からあんなことを言わなければいいのに。


「ロンバウト! アニカと一緒だということは、魔女の森から無事にアニカを救出できたのだな」

 デニスを軽く無視した団長はロンバウトの方に笑顔を向けている。でも、その笑顔が一瞬で険しくなった。

「だが、アニカの涙の理由如何では、処罰を与えなければならない。アニカは娘も同然だからな」

 団長の声は更に低くなり、迫力がありすぎて正直少し怖い。でも私がちゃんと説明しなければ、ロンバウトが誤解されたままだ。


「ロンバウトさんは何も悪くありません! 魔女の森まで助けに来てくれたロンバウトさんと魔女が戦うことになって、劣勢になった魔女がロンバウトさんを人の姿に戻しました。それで、私が魔女の森に残れば、ロンバウトさんは人の姿のまま帰ってもいいと魔女が言ったのです。でも、ロンバウトさんは獣化の姿で私と一緒に帰ることを選んでくれました」

 焦ってあまり上手く説明できていないけれど、それでも団長は黙って聞いてくれている。


「この町の人たちはロンバウトさんを獣扱いするんです。優しい人や純真な子も同じでした。この姿で一生過ごすのがどれほど辛いことか、愚かな私は初めて気がついたのです。だから、ロンバウトさんに魔女の森へ戻ろうと言いました。私が魔女の森に残って、ロンバウトさんを人の姿に戻してもらおうと思ったのです。でも、ロンバウトさんが一緒にボンネフェルトの町へ帰ろうと言ってくれて。それがとても嬉しくて、だけど、ロンバウトさんが一生このような姿のままだと思うと、本当に申し訳なくて、泣いてしまいました」

 

 こんな話を聞いたならば、団長は魔女の森へ戻れと命じるかもしれない。ロンバウトは貴族で、私は平民。いくら私を娘のように可愛がってくれていたとしても、団長の立場としてはロンバウトを優先するはず。

 その方がいいと思う。ロンバウトだって、団長の命令なら拒否できない。人の姿に戻り、王都に帰って、近衛騎士に復帰して婚約者と結婚する。そんな普通の幸せを手にすることができるのだから。


「なるほど。概ねの話はわかった。ロンバウトは無事に任務を遂行したようだな。本当にご苦労だった。ロンバウト、疲れているところ悪いが、これから単身でボンネフェルトへ向かってくれ。お前が一番早く戻ることができるからな」

 団長がそう言うと、ロンバウトは不安そうに眉間にしわを寄せて私の方を向いた。

 団長はロンバウトを魔女の森に戻すつもりはないらしい。団長の決定に異議など唱えることはできないけれど、これで、ロンバウトが獣化した姿のままでいることが決定してしまった。


「ロンバウト、そんな不安そうな顔をするな。アニカは我々が無事にボンネフェルトへ連れ帰るから。この国最強だと自負している我が騎士団の精鋭たちが護衛するのだ。案じることなど何もないだろう? それより心配して待っているブレフトたちに一刻も早くアニカの無事を伝えてやれ」

 お父さんの名前を出されたからか、ロンバウトは納得したように力強く頷き、団長と私に騎士の礼をとった。


「ロンバウトさん、ごめんなさい。どうか、気をつけて」

 ロンバウトだけでは買い物も宿に泊まることさえできないかもしれない。彼の背負い袋にはかなりの食糧が入っているとはいえ、危険な旅になると思う。それでも、ロンバウトは私に微笑んだ。彼は自分のことではなくて、私のことを思って不安な顔をしたの? 本当に強い人だ。



「なあ、アニカ。無事助け出してくれた騎士には、詫びなど無粋なことは言わずに、黙って褒美を与えてやるもんだ。今度ロンバウトに会ったら手を差し出してやれ。その手に口づけをする栄誉を与えるのが助け出された女性の作法ってもんよ」

 すごい速さで遠ざかっていくロンバウトの背中を見つめていた私に、団長がからかうようなことを言ってくる。

「私はお姫様ではありませんから!」

 思わず反論してしまった。物語の中では、助け出されたお姫様の手に騎士が口づけしているのは知っている。でも、私の手は炊事や洗濯で随分と荒れている。そんな真似をされても絶対に様にならない。


「ロンバウトは騎士としてアニカを助け出した。その事実は変わらないだろう? それならば、騎士として褒美を与えなければな。貴族の騎士としては常識だぞ」

 騎士に助けてもらった女性は手にキスをさせてあげるのが常識なんて、本当だろうか? でも団長は辺境伯の弟で自らも爵位を持つ貴族なのだから、本当かもしれない。そうならば、そんなことをしなかった私は感謝していないとロンバウトは思ったかもしれない。

 


「我々はこれから王都に行き、今回のことを陛下に報告する。もう二度と魔女の森に手を出させないようにしなければな。速やかに出発するぞ」

 今度ロンバウトに会った時、手を差し出すべきかどうかと悩んでいると、団長が出発を命じていた。

「アニカは俺の馬に乗せます!」

 馬を降りていたデニスがそう申し出てくれたけれど、

「ラルス、アニカを頼む」

 団長はデニスを無視してラルスを指名した。先ほどのロンバウトへの暴言を怒っているらしい。確かに仲間に言う言葉ではなかった。私もしばらく無視しておこう。


「アニカ、来い」

 ラルスが声をかけてくれた。彼は独身寮に住む最年長の騎士で、本当の兄のように接してくれる。寡黙だけど優しくて信頼できる人なのだ。

「ラルスさん、お願いします」

 私は彼の手に助けられて馬に乗った。

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