閑話:呪われた騎士
王太子付きの近衛騎士であったロンバウトは、いきなり襲ってきた魔女から王太子夫妻を護ろうとして獣化の呪いを受けてしまった。
それから、全てが壊れ始めたのだ。
二十一歳のロンバウトには婚約者がいた。かつては王太子の婚約者候補の筆頭であった侯爵令嬢だが、王太子が選んだのは彼女よりかなり身分の低い子爵令嬢だった。
十九歳になっていた侯爵令嬢は、婚約者として伯爵家の三男という格下のロンバウトを選んだ。それは王太子への当てつけだと彼は感じていた。
十五歳から近衛騎士になり、誰よりも王太子の近くで護衛していたロンバウトは、婚約者候補であった侯爵令嬢と顔見知りであったが、挨拶以外の会話など交わしたこともない。彼女に慕われているはずはなかった。
高位貴族からの申し込みであり、伯爵家にとっても利得のある結婚なので、ロンバウトに選択の余地はない。それでも、ロンバウトは傷ついた彼女を生涯護りたいと考えていた。
「ご、ごめんなさい。貴方の妻にはなれません」
獣化してから初めて会った侯爵令嬢は、ロンバウトを見て震えながらそう言った。薄い口からは鋭い牙が覗き、手の爪は鋭く尖っている。耳は三角形になり頭の上部に移動していた。足は合う靴がないほど丸くて大きくなり、裏には肉球がついている。とても人とは思えない姿だ。恐れるのは無理もないとロンバウトは思う。
彼は黙って頷いた。言葉を喋ることができないこともあるが、婚約破棄を告げられて安心したのだった。
ロンバウトは聖獣に変えられる途中で魔女に反撃して怪我を負わせたので、中途半端な姿で変身が止まってしまっていた。人の理性は残されているものの、聖獣の本能に逆らうことが難しい時もある。
女性に対しての想いもそうだ。目の前の侯爵令嬢は生涯を共にする相手ではないと本能が告げていた。
こうして婚約を破棄されたロンバウトだったが、近衛騎士は続けようと思っていた。騎士という職業に誇りを持っていたし、やりがいも感じていた。しかし、それさえ叶わなかった。
魔女の森は聖域として不可侵とするという、魔女と王家の盟約が明らかになった。その盟約を破り魔女の森に住む聖獣の仔の毛皮を欲しがった王太子妃は切り捨てられることになる。元々王太子妃になれるような身分でない女性を、王太子が無理やり妃にしたため、王宮内には彼女への批判が渦巻いていた。そんなことを知ってか知らでか、王太子妃は夫の権力を笠に着てわがままを通すようになっていく。それがまた批判の対象になり、王太子も彼女を見限りつつあった。
そんな時に魔女の襲撃事件が発生した。
王太子は早急に離婚を決め、妻を王宮から離れた離宮に幽閉した。そして、再び魔女が襲ってきた時には、彼女を生贄に差し出す算段となっていた。
魔女の強大な力を間近で体験した王宮騎士や貴族たちは彼女を恐れ、魔女に深手を負わせたロンバウトを王宮から排除しようとした。魔女の報復を恐れたのだ。
王宮騎士団はロンバウトを解雇した。そして、ロンバウトの父親は家と彼を守るために勘当を決意した。
こうして、ロンバウトは身の置き場所を全て失ってしまったのだ。
「身を挺して王太子殿下を護った近衛騎士をいらないというのならば、私が遠慮なくもらっていく。優秀な騎士は宝だ」
魔女への対策のために王宮へ召集された辺境伯は、会議の席でロンバウトを責める貴族にそう言い放った。
ロンバウトはその言葉が何よりも嬉しかった。彼の行いを初めて無条件に肯定してくれたのだから。
しかし、辺境伯領へ行くことに躊躇いもあった。魔女が報復に来た場合、無関係な辺境伯領の人たちを巻き込んでしまうのではないだろうかと心配していた。
殆ど自棄になっていたロンバウトは、魔女に命を捧げて他の人に報復がいかないようにしようと思い詰めていた。獣化した姿を晒しながら、生き永らえることに価値を見出せなかったのかもしれない。
「何も気にせず我が領地に来い。辺境騎士団は強い。おまえの剣で深手を負ったのならば、魔女は無敵ではないだろう。剣で戦える以上、騎士である我々が恐れることなど何もない。おまえを哀れんで誘っているわけではないぞ。私は辺境騎士団の団長として、騎士としてのおまえが必要だと思ったからこうして勧誘している」
ロンバウトは何も言わなかったが、騎士である辺境伯には彼の躊躇いのわけを理解できたらしい。
辺境伯にそう言われると、ロンバウトに抗うことなどできなかった。今度は素直に頷くと、辺境伯は嬉しそうに笑った。