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第十一話 寂しき魔女

「とても美味しいわね。他の家事だって完ぺきにこなしてくれるし、貴女に来てもらって正解だわ」

 魔女は優雅に私の作った料理を食べている。真っ白い聖獣のファビアンも私の足元で一心不乱に肉を(かじ)っていた。

 この魔女の森にやって来て三日目。百人ほども騎士が住んでいる独身寮の仕事に比べると、魔女と聖獣の世話は本当に楽だった。

 人質として無理やり連れて来たにしては、魔女はそれなりに優しい。食材も用具もどこからか手に入れて来てくれるので、生活に困ることもなかった。


 そして、魔女はとても饒舌だった。今まで一人きりでこの森に住んでいたので、寂しい思いをしていたのかもしれない。

「この森全体に結界を張るなんて簡単なことなの。だけど、私は少々退屈していたし、狩人は森への感謝を忘れることはなく、聖獣を敬っていて狩るようなことは絶対にしなかった。だから、彼らを黙認していたのよ」

「狩人さんたちは悪い人ではなかったのね」

 そのことに少し安心していた。孤独な魔女に辛い思いさせずに済んだと感じたから。


「そうね。だから、人を信用して油断してしまったのよね。まさか、王太子妃が聖獣を殺そうと十人以上の騎士を寄越すなんて思わなかったの。ファビアンに可哀想なことをしたわ。あの時は、怒りに任せて、あの女を聖獣に変えてファビアンの世話をさせようとしたのだけど、失敗して良かったかも。あんな性格の悪い女が聖獣化したって、性格が良くなると思わないものね」

 そうかもしれない。ファビアンだって自分を殺そうとした人に世話をしてほしくないと思う。

 でも、ロンバウトが獣化させられたのは納得がいかない。


「魔女さんはずっと一人で暮らしていたのですか?」

「この森には聖獣がいるから。私は一人ではなかったわ」

 魔女にとって、聖獣は家族だったのだ。家族を毛皮が欲しいなんて理由で殺されたら、怒るのはわかる。そして、とても悲しんでいるはずだ。それは親を亡くしたファビアンも同じ。でも、ロンバウトに罪はない。


 ロンバウトがやって来なければいいとも思う。彼は仕事として王太子夫妻を守っただけだ。人としての姿を失い、聖獣として魔女の森で一生を終えなければならないなんて理不尽すぎる。

 でも、ロンバウトはここにやって来るような予感がした。あんな姿になっても騎士であろうとする彼が、私を見捨てるはずはない。


 ロンバウトがやって来たら、笑顔でここに残ると伝えよう。魔女もファビアンも私のことを気に入ってくれている。私がここに残れば、彼女はロンバウトを許してくれるのではないだろうか。

 その時、家族や騎士たちに会いたいと泣いてしまわないように、今から自分に言い聞かせておかなければ。

 ロンバウトに心配をかけないように。そして、彼が心置きなくこの地を去ることができるように。

 家事ができる私ならば、魔女は聖獣に変えたりしないだろう。この姿のままここに置いてくれるはずだから、何も怖くない。



「馬を早駆けさせると、ボンネフェルトの町からここまで七日ほどかかるのよ。でも、ロンバウトは自力で走って来るでしょうね。それの方が早いから。いつここに着くのか楽しみだわ」

 食後のお茶を楽しみながら、魔女はまるで愛しい人を待っているかのように遠い目をしていた。

 返事の代わりに小さく首を振る。魔女はそんな私に口角を上げて笑いかけた。

「不満そうね。貴女はロンバウトに会いたくないの? 囚われのお姫様を救出に来る騎士様なのよ。女性は皆そんな状況に憧れるのかと思ったわ」

 彼を苦しませることになるのに、嬉しいはずがない。


「ロンバウトさんは騎士としてお仕事をしただけです。そんな彼の姿を聖獣に変えてしまうなんて酷いです」

「姿だけではないのよ。人としての理性もなくなって、獣としての本能で生きていくことになるの。もう苦しむこともないわ。中途半端に獣化している今の状況の方が彼にとって辛いのではなくて?」

「ロンバウトさんは人間です。騎士としての矜持も理性も持っている、立派な方なのです」

 今がどんなに苦しい状況でも、彼は戦い、騎士であろうとしている。

「あら、彼に惚れちゃったかしら?」

「そ、そんなんじゃありませんから! 彼を尊敬しているだけです」

 からかわれているとわかっても、肯定なんてできない。伯爵家に生まれ近衛騎士だった彼を、平民の私が好きになるなんて許されないことだから。


「可愛いわね。そんな貴女にいいことを教えてあげる。この国の王は私に謝ってきたわ。そして、魔女の森への立ち入り禁止と、王太子妃を塔に幽閉することを決めた。もちろん彼女は離縁されることになるの。新しい王太子妃には婚約を破棄したばかりの侯爵令嬢が選ばれた。そう、ロンバウトの婚約者だった女よ」

「そ、そんな!」

 不可侵の約束を破り、親の聖獣を殺してまで幼いファビアンの毛皮を欲しがった王太子妃なんて、離縁後幽閉されても仕方がないと思う。でも、自ら獣化してまで王太子妃を守ったロンバウトが、婚約者に恐れられて婚約を破棄されてしまったことは納得ができない。それに、元の婚約者はさっさと違う人と結婚してしまうなんて非情すぎる。

 だって、ロンバウトが怖いはずはない。とても優しくて強くて、とても美しい文字で意思を伝えることができるのだから。


「おとなしくロンバウトを待つことにしましょう。彼がここに来なければ、貴女がずっとここにいるだけよ。私はそれでもいいの。今は快適だから」

「それなら、ロンバウトさんが来ても、そのまま帰ってもらってください。私がここにいますから」

 そう頼めば魔女は頷いてくれると思った。

「でもね、ロンバウトと少し遊びたいの。私は退屈しているから」

 そう言って、彼女は意味ありげに笑う。


 あんな姿になってしまったロンバウトには、せめて自由に生きてもらいたい。だから、私のためにここへ来たりしないで。私は平気だから。



「来たわ」

 魔女は短くそう告げた。誰とは言わなかったけれど、ロンバウトのことだとわかる。

 ここに来てまだ四日目。馬を使うより三日も早く着いたことになる。彼は全力で走ってきたに違いない。

 来てほしくなかった。それなのに、私はロンバウトに会えることを喜んでいる。彼に見捨てられなかったことがこんなにも嬉しい。

 こんな私が、ここで魔女と暮らすから帰ってと、笑顔で告げることができるのだろうか?

 今にも泣きそうになっているのに。


「ウゥ!」

 最初に反応したのはファビアンだった。玄関の扉に向かって唸り声を上げている。

「ファビアン、大丈夫よ。何も心配することないわ。アニカと一緒におとなしく待っていなさい。アニカ、私は偉大な魔女なの。ロンバウトをここまで誘き寄せるために貴女を使ったけれど、闘いに巻き込むつもりはないわ。私はね、ただ一人私から逃げなかったロンバウトに興味があるの。彼なら全力で相手をしてくれるでしょうから、いい退屈しのぎになるわ」

 魔女は楽しそうに笑った。

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