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参 魑魅 縛り



 六花はよく空を見上げていた。その横顔は何かを待ち望んでいるような、睨んでいるような、一言では言い表せない表情をしていた。そして決まって六花はため息をつく。


 天候の変わらないこの屋敷ではいつも青く広がる空に、真白い六花が溶けていくような錯覚を覚え、俺はそのたびに不安に襲われた。


「ずっと独りでここにいるつもりなのか?」


「耶麻人さんに他意がないことはわかってますが、気に障りますね」


 俺の問いに対して六花はあからさまに不機嫌になってしまった。


「……?……それは悪かった。俺は同輩たちと寝食を共にした生活だったせいか、あまりに静かだと落ち着かなくてな」


「そうですか。きっとにぎやかだったんでしょうね。もうしばらくで…………耶麻人さんも、戻れます、から」


 頭部の包帯を取り換えるため、六花は真正面にいる。右目の視力は落ちてしまったが、見えないことはない。間近で俺の右目を覗き込む六花の表情に、寂寥が見えた気がした。


「ひとりで、寂しくはないか」


 いつからか、俺は六花がここに囚われている理由を考えるようになっていた。

 何故、六花のような優しい妖がたった独りでここに囚われなければならないのか。誰が、何のために、彼女に諦めた表情をさせるのか。


 この人気のない場所に囚われた彼女にそれを聞くことは、酷だったかもしれない。

 だが酷だったとしても、彼女の想いを確認しなければならない。俺にできることをするためにも。


 六花は驚いたように俺を見て、そして顔を伏せた。


「…………さ、寂しい、です」


 出会って間もない俺に対して、彼女は気丈に振る舞い、弱味を見せようとしない。

 そんな六花が初めて漏らした弱音。


「そうか」


「……そうかって…………え、それだけ、ですか?」


 六花は顔を上げ、目を丸くする。心なしか頬に赤みが差しているのは、隠していた心情を吐露した結果か。口にするのはきっと勇気が要っただろう。


「それだけで十分だろう? やはり、君の意思でここにいるわけではないんだな」


「え?……ええ……いたくて、いるわけではありません。けれど魑魅(スダマ)さまに」


「スダマさま? その者が君に何をしているんだ?」


「……いいえ、なんでもありません。忘れてください」


 そう言って六花はそっぽを向いてしまった。


――――魑魅さま。


「それに、六花は囚われているのか」


「…………え?」


 多少の痛みを無視すれば万全の時と遜色(そんしょく)なく動けるまでに回復した。視界だけがぼやけているものの、片側だけであり、気を高めれば気配は察知できる。鈍く軋む体を伸ばし、弩弓(おおゆみ)を掴み上げて俺はその場所へ向かう。


「耶麻人さんっ、どこへ」


「君はそこにいてくれ」


 この屋敷には俺と六花の二人だけ――――ではない。


 数日間過ごした中で、俺たち以外の気配はなかった。正しくは、気配を辿れる空間が限られていた。

 四方に張り巡らされていたしめ縄。その向こう側は灯りが落とされた夜半のように視界が悪く、静けさが満ちていた。

 気配を感じ取ることはできない。しかし、何者かがいると感じる。戦いの中で研ぎ澄まされた感覚は、俺の足を自然とその場所へ向かわせた。

 この広い屋敷ではいくつかある内の何の変哲もない廊下。一度だけそこから六花が出てくる姿を見た。


 後ろから走る足音を聞きながら俺はその廊下を塞いでいるしめ縄をくぐろうと掴んだ。


「耶麻人さん!」


 だが、掴んだ縄は、蜘蛛の糸のように容易く千切れ落ちた。

 その途端、(もや)がかった視界が晴れ、凍てつく空気が全てを包む。吐息は真白に、息を吸えば、喉は切られたように痛む。

 まるで俺の侵入を拒む現象に驚いたが、こうなっては進むしか道はない。


 俺は、六花が囚われているモノから解放してやりたい。

 妖の掟か、人に封じられているのか、あるいは何かの為にこの場を離れられないか。想像はいくらでもつくが、原因か理由がこの先にあることだけはわかる。


 彼女は望んでこの屋敷にいるわけではない。いたくているわけではない、とそう言った。

 六花は話してはくれない。ならば多少強引だろうと“魑魅さま”にその理由を確かめねばならない。






 やがて、広い空間に出た。


「…………お前は」


 六花の髪のように真白い姿の巨獣は、虚ろな瞳で俺を見下ろしていた。 






厖獸(ボウシュ)、か!?」


 予想はしていた。六花でさえ妖というのだから、人外の何かがいる可能性は大いにあった。

 しかしこれは予想を遥かに超える存在だ。


 息が詰まるほどの圧迫感。

 今までに対峙したどの厖獸より巨大な体躯は、この屋敷の、いや、厖獸の(ぬし)と言われても納得できる威厳があった。


「っ……スダマ、というのは、お前か!?」


 俺のわずかな畏れを見透かすように、その厖獸は灰色の濁った瞳を動かさない。


「六花を……っ」


 極寒の風が吹きすさぶせいか、呼吸がままならない。同時に右目がチリチリと疼き、視界を黒く染めていく。

 弩弓の弦を引く。矢尻を下に向けたまま、左目で魑魅(スダマ)を見据えた。

 戦闘になったとして、果たして敵うか。しかし、


「……六花を、解放してくれ」


 厖獸に話が通じるとは思えないが、六花がいる。最良な方法を選択できるのなら、たとえ命を懸けることになろうとも構わない。元より救われた命だ。遺す家族もいない俺は、彼女の為に使えるのなら惜しくはないと自然と思えた。

 あの時、死にたくないと願ったのは、きっとこの時のためにあった。


 地響きのような咆哮が部屋を包む。

 その震動に、俺の右目の奥に貫かれるような激痛が走った。

 気を失いそうなほどの衝撃に歯を食いしばり、訳もわからぬまま、逸らしてはならぬと魑魅から視線を外さない。

 獰猛な牙をおさめた魑魅は、口を歪めていた。それはまるで俺など矮小な存在であると知らしめるような笑いに見えた。


「魑魅さま! 落ち着いてください!」


 六花の叫び声が背後からあがった。


「六花っ、下がれ……!」


「耶麻人さんも! 弓をおさめて!」


 頭痛が激しくなる一方で、六花に意識が向いた瞬間、真っ赤な舌が眼前に迫った。俺は咄嗟に真横に転がり、起き上がると同時に矢を放った。

 しかしそれは容易く噛み砕かれた。やはり、こんなものでは太刀打ちできない。


「ぐぅっ」


 再び、全身を打つような咆哮が襲う。意識が飛びそうなほどの激痛で、六花の澄んだ声音が耳に届いた。


「そうやって、面白がらないでください!!」


「……おもしろ、がる?」


 この場にそぐわない六花の叫びに、思わず彼女を見てしまう。と、一瞬の隙に暗闇に包まれ、衝撃が頭をうった。喰われたと、遠くなる意識の裏で、六花の姿が映った。



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