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弐 厖獸狩り 日々



 同族を喰い、種の域から外れ高等化した巨獣、厖獸(ボウシュ)

 各地で被害を生む厖獸を狩る俺達の仕事には怪我がつきものだ。過酷な長旅が続くこともあり、自分のことは自分で面倒をみなくては生き残れず、仕事(カネ)も回ってこない。

 俺の治癒力は人のそれと大差ないものの、回復力は人一倍あると自負している。長く、第一線で戦ってきた。

 確かに今回は重症を負ったが、この様子だと何日も動けないほどではなく、負担を分散する体の動かし方も知っている。


 そう話すと、彼女は胡乱(うろん)な目で俺を見た。


「……それは、やせ我慢というのです」


「痛みは慣れるが、動かなければ勘が鈍る。厖獸(ボウシュ)狩りにとって致命的なんだ…………それに……」


 あれから俺が起き上がろうとする度、彼女は凄みをきかせて俺を寝かしつけた。

 彼女は一向に俺を酷い目に合わせることはなく、かいがいしく世話を焼く。汚れた俺の体を拭き、薬味粥を食わせた。それらは(こと)のほか悪くないものであった。


 とはいえ、いい加減限界が近かった。


「それに、なんですか? へりくつこねたら(ねぶ)りの香を焚きますよ」


「……それは……困る」


「なら大人しく」


「小用がある」


「はぁ、小用……大した用事でないのでしたら、かわりに私がしますけれど」


 彼女はただ純粋に言ってくれているのだろう。俺は奥歯を噛んで、迷いに迷って口を開く。


「……か…………っ(かわや)に」


「あぁ、そういうことですか。でしたら(おけ)を持ってきますね」


「やめてくれ!」


 だから言いたくなかった。彼女の態度からは寝たきりの人に対する下の世話もしそうな気配があった。動くことはできる、尊厳を守りたかった。


「頼む……ッ」


 手首を掴んですがると、彼女はいたずらっぽく笑う。その表情を見て、俺は揶揄(からか)われていることに気づく。


「素直に言えばいいのです」


 うらめしく睨みあげると、可笑しそうに肩を震わせながら厠の前まで手を貸してくれた。






 軽く見たところ、ここは部屋がいくつもある広い屋敷のようだった。

 隅々まで掃除されたこの屋敷に彼女以外の人の気配がないことも不思議ではあるが、最も謎だったのは寒さを感じなかったことである。囲炉裏がある部屋以外、廊下や厠、縁側でさえ、寒くも暑くもない空気があった。

 さらに空は青く、雪は降っていない。

 俺は吹雪の中助けられたはずなのに、だ。


 彼女はどこからどう見ても人であったが、この理解に苦しむ空間が彼女が妖であることを裏付けていた。


「君のことは雪山姥と呼べばいいのか?」


「っ…………名はあります。けれど、名は妖術に用いられますから、そのような不用心なことは避けているのです」


「そうか。俺は耶麻人(ヤマト)と言う」


「……………………………………………六花(リッカ)……です」


 驚き、訝しみ、気まずそうに視線を逸らしたあと思案顔になる。それから不満そうに見上げられ、ぶっきらぼうに六花は名乗った。

 目の前で繰り広げられた百面相に、俺は思わず小さく吹き出した。


「可愛い――――名だ」


「はぁ!?」


 つい口を出た言葉を誤魔化すと、六花はお気に召さなかったようで今度は鬼の形相になった。顔を赤くしてじろりと睨むと六花は俺を置いて去って行ってしまう。

 その後、俺は全身の痛みを抱えたまま囲炉裏の部屋まで戻るのに相当苦労することになる。片目が塞がっているせいで、二度ほど柱にぶつかってしまった。






 それから手を借りずとも歩けるまでに回復した俺だが、流石に自由に移動することは許されなかった。初めは気づかなかったしめ縄が四方に張り巡らされている。その先には決して踏み入れてはならないと、俺は重々釘を刺された。


六花(リッカ)はここに独りでいるのか」


 相変わらず俺たち以外に誰の気配もない様子について尋ねると、六花は囲炉裏で煮ていた根菜汁をよそう手を止めて目を丸くした。それから僅かに目を伏せる。


「独り……そうですね……今は、まだ」


「誰か来ると?」


「いいえ。……きっと、ずっと独りかもしれませんね」


 独り、妖である彼女はこの場で誰かを待っているのだろうか。


 突然、腹の奥に違和感を覚えた。チクチクとした傷みのような息苦しさのようなよくわからない感覚に思わず腹を撫でる。


「誰を待っているんだ?」


「待ってなどいません」


 六花はむっとして即座に否定した。強がっているようにも見える。


「ならば何故ここに?」


「…………こちらの領域に踏み込み過ぎると、後戻りできなくなりますよ」


 六花はそう言葉を濁した。

 彼女の事情は気になるが、意識しているのかいないのか、どう受け取っても人の魂を喰らおうという者の言葉ではない。むしろ俺の身を案じているようにしか聞こえない。


 やはり、御伽噺などあてにならぬものだ。


「妖は理不尽な現象を偶像化したものだと思っていた」


「はい? 突然何ですか」


 椀を持ったまま首を傾げた六花を見つめる。


 当初、六花の作る料理は苦いものが多かった。おそらく俺の体を慮った薬膳料理で、確かに効能は確かだったが、毎回顔を歪める俺を見て味を改良してくれた。この根菜汁もきっと美味いだろう。

 いつの間にか、腹の違和感もおさまっていた。


「いや、人に害を与えるものを妖というのならば、六花は当てはまらないと思ってな。…………君は優しい。俺を助け、返す気でいてくれている。ここまで回復したのも六花のおかげだ。感謝してもしきれない」


「は、はい? と、突然何ですか」


「素直に言えばいいと、君は言わなかったか?」


「……あなた、は……………………はぁ、耶麻人さんのような実直過ぎる人、初めてです」


 一瞬固まった後、呆れたように言う。僅かに見える困った笑みに、俺は胸が締め付けられた。息苦しさに、何か言葉を発しなければと衝動的に口を開いた。


「俺に……俺にできることがあれば、何でも言ってくれ」


「怪我人にできることなどありませんよ」


 そう言って六花は俺にずいと椀を押しつけた。


 怪我人にはない。今の俺では頼りないということか。

 ならば、俺がまともに動ける状態ならばできることがあるのだろうか。



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