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惚 -second impression-

出会いの翌日。


「え」


冷やを差し出しながらにこにこと笑う彼女ジャスティナ。何気なく伝えられた思いがけない事実に、高遠英一は自分の耳を疑った。

「本当……に?」

「はい」

屈託のないそれに、言いようもない何か――強いて言えば、自分を殴りつけたい衝動――が湧き起こる。

「先月誕生日が来て、16歳になりました」

ぐさり、とトドメを刺される。酷い目眩に思わずカウンターに突っ伏すと、彼女が心配そうに覗き込んできた。

「だ、大丈夫ですかっ?」

「ダイジョブクナイデス」

ぼそりとごく小さくひとりごつ。だが、おろおろとし始めた気配が可愛そうになり、「大丈夫」と気を張って身を起こした。

「で、ご両親はなんと?」

嫌な汗を拭い、腹を括って続きを問う。

「はい。ゆうべの時点で、両親共かなり乗り気で。お会いできるのを心底楽しみにしている様子でした」

悪びれもなく次いだそれにあっけにとられる。

「昨日の出来事を話したら、すかさず『おめでとう』と。そうと決まれば、早く家に連れてきなさいとも言われました」

「な……いや、ちょっと待ってくれ。その、困惑とか、抵抗とか、叱責とか」

「いいえ。それがまったく」

「え」

「それこそ初めて聞いた話ですが、私がブレンドに熱中している間に、両親自ら祖父にリサーチをかけていた様子です。真面目で礼儀正しい様子だし、なんと言っても味覚が酷似していれば、少なくとも日々の食事が原因でのいさかいは絶対起きないだろうと。食の好みの違いは、夫婦に絶対的な危機を呼ぶからね、と父に諭されました」

なんという展開の速さ、そしておおらかさなのかと天を仰ぐ。正直、何もかもが自分の想像をはるかに上回っており、おかげで昨夜帰宅してより抱いていた杞憂が、ものの見事に一瞬で吹き飛んでしまった。

「そうか。そこまでご理解いただいているなら話は早い。なら、今度の土曜日にうかがっても大丈夫かな?」

「はい。ではそう伝えておきますね」

嬉しそうな、そしてうきうきと楽しそうな顔を向けられ、こちらも思わず顔がほころぶ。

「あの、英一さん」

ほっと身体から力が抜けたところで、彼女がこちらを窺うそぶりを見せた。

「なんだい?」

「あの、あのですね」

「ん?」

「昨日からずっと思ってたんですけど、英一さんの笑った顔、すごく素敵です」

唐突な褒め言葉に、持ち上げたグラスを取り落としそうになる。

「英一さんのイメージは以前から祖父に聞いていましたけど、でも実際に対面したら、何もかもが想像以上で」

言いながら、表情が緩んでいく。

「読書している時の表情も、怒った顔も迫力があって素敵ですけど、私は笑顔が一番好き、です」

そこまで至っていよいよ耐えられなくなったのか、両頬を押さえて「コーヒー淹れてきますね」と言うなり、そそくさと厨房に走り去ってしまった。

一人ぽつんと取り残された店内で、途端に顔に火がつく。声にならない叫びを脳内で上げつつ、ふにゃふにゃと再びカウンターに突っ伏した。

「参ったな……」

来週からの生活を想像すると、やはり憂いと震えが立つ。覚悟は出来ているものだとばかり思っていたのに。


この分じゃしばらくは、ついにやけてしまうのを止められそうもないな。


確実不可避に存在するそんな自信に、英一はひそかに苦笑を漏らしつつ幸福を噛み締めた。


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