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豪奢な衣装に身を包んだ幼帝が、文官の奏上した詩の書かれた紙を手に祭壇に向かう。祭壇では神聖な炎が赤々と燃えている。読んだ詩片を聖火で燃やすことで、煙に乗って詩が天に届くのだとされている。

祭壇へ向かう幼帝の足取りはゆったりとして、八歳という年齢に見合わぬ落ち着きを見せている。そのただの幼子には身に付けられぬ気品は、流石、先帝の継子とでもいうべきか。幼帝は優美な動きで紙を広げ口を開いた。

「♪~」

美しい琴の音が鳴り響いたかのようだった。場に静寂が満ち、その場にいたもの全てが、皇帝から発せられる玉音に意識を集中させる。

その詠いの文句を聞き取れるものはいなかった。皇帝の天への詠いを聞く資格のあるものは、その場にいなかった故に。しかし、とうてい人の喉から発せられているとは思えぬ天へ奏じる調べに、先帝の詠いを知るものは平伏せざるをえなかった。

と、詠いの文句が途切れた。幼帝が天を見上げ、その美しい(かんばせ)を隠していた紗がめくれる。

「どうか、余に世を治めるための力を授けたまえ、それが叶わぬのであれば、ただ地獄を見守るしかできぬこの身を滅ぼしたまえ」

幼帝は手にした紙を聖火に放り込んだ。




ル・イールは皇帝の詠いが天への調べとして奏でられるためには、その詩が皇帝自身の言葉、本心でなければならないことを知っている。先帝も文官の用意した詩を読むだけであれば普通に読み上げただけとなっていたのだ。もっとも、本人に己の詠いがそのようなものになっている自覚などなく、「え?朕は普通に朕の本心を詩として詠んだだけだぞ?」という感じだったが。

だから、万が一にも幼帝の詠いが先帝と同じ、天のみに奉じられる調べとならぬよう、文官に詩を用意させていたのだ。皇帝の詠いが只人と異なるのは、帝が天意を受けているためであると思われている。彼にとっては、幼帝が天意に適った存在であっては都合が悪いのだ。天意に適わぬ王を退ければ英雄だが、天意に背いて王を害すのは逆賊である。

現皇帝から己へ天意が移り、己への禅譲を民の総意として皇太后に認めさせる。そんな未来を演出するため、彼は手を尽くしてきた。だが、幼帝の詠い一つでそれは脆くも崩れようとしている。

「主上、あの詩は一体どういうことでございますか。文官たちが用意した詩は…」

彼の問いに幼帝はすっと目を細め、玉の転がるような声で言う。

「そちは余が天に偽りを奏したとでも申すか、ル・イール」

「それは…」

彼が聞き取れたのは最後の二節のみである。幼帝の詩が文官の用意したものではない、もしかすると全く異なるものかもしれないことはわかっても、実際どのような詩が詠われたのかはわからないのだ。

彼をじぃと見る、金砂を散らした瑠璃の瞳に、彼は先帝を思い出す。先帝は常人の手には負えぬ傑物、まぎれもない絶対者だった。この世に二人といない、偉大なる暴君だと彼は思っていたが、この幼帝は先帝に比肩する帝になるというのか。父の背も知らずに育ったというのに!

優美な動きで小首を傾げ、幼帝は口元だけで笑む。

「余の詩が詩聖のものに劣る拙いものであるのは認めよう。だが…余は己の目に映ったものをそのままに詠った。そこに偽りをのせた覚えはない」

「…左様でございますか」

この幼帝は、居城から出たことすらないはずなのに、何を見たというのだろうか、とル・イールは思う。何を見たら、あのような終句が紡がれるというのか。少なくとも彼は、己の人生であのような句の心境に至ったことはない。仁者として振る舞うのは己の利のためであり、そうでなければ利他的な行動も、質素な暮らしもしたくはない。贅の限りを尽くし、享楽的に生きたい。そのためであれば実子とて斬り、しかし悲嘆に暮れてみせた。全ては、己が皇位につき、権力を得て思うがままに生きるためだった。

この幼帝は、一体、何を見て地獄と評したのか。

その時、俄かに辺りが騒がしくなった。儀はまだ終わったわけではないというのに、集まった人々が騒いでいる。何人かは空を指さして何事か言っているようだった。

何があったのかと空を見上げ、彼は今度こそ声を喪い、暗澹たる気持ちになった。空を駆ける金色の一角獣。まぎれもなく、優れた王の下に現れるとされる霊獣、麒麟だった。麒麟は民の頭上を駆け、大きく弧を描いて幼帝の目の前までやってくると、幼帝に向けて膝を折った。

「許す。余の手足となり存分に働くが良い」

『主君の命とあらば』

嘶きに重なるように、不思議な声が響いた。

これ以上ないほど明らかに、天意が示されていた。 



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