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「主上、あの詩は一体どういうことでございますか。文官たちが用意した詩は…」

「そちは、余が天に偽りを奏したとでも申すか、ル・イール」

「それは…」

ル・イールの手により学者たちの用意した詩は、天下泰平を喜び、この世の春を寿ぐものだった。そんな詩を詠えば、余はいよいよ民の苦しみを知らず、放蕩を尽くしている昏君として映るであろう。いや、それがこの男の狙いなのだが。

だが、余が自ら用意した詩を聞いたのならば、どうだろう。今の悪政が余の意思に非ざると、察するものも出るのではないだろうか。まあ、ル・イールに反旗を翻したにも等しいので、このままであれば余は殺されるのであろうが。ただ、この男は余と皇太后の忠臣を演じることで今の地位を得、維持しているのだから、表立って何をすることもないだろう。



その時、天意が余の前に齎された。

上空から、金色の獣が宙を駆けてきた。馬のような、牛のような、鹿のような…しかしそのいずれとも異なっている。額に一本の淡く光る角を備えており、背はプリズムに似た七色の輝きをまとっている。

獣は民の頭上を弧を描くようにして駆け、余の前で足を止めると、余に向けて跪くように膝を折った。

『天命を以て貴方にお仕えいたします。我が主君、聖君ともなりうる慈愛の君よ』

不思議な声が響いた。それが目の前の獣の声だと、余にはなんとなくわかった。

「許す。余の手足となり、存分に働くが良い」

嘶きのような声をあげ、獣は顔を上げた。とてもでかい。余がまだ幼い子供だからというか、大人よりも大きいだろう。余が椅子に座しているといっても、正対したその頭は余の遥か頭上にある。よく見ると、その足は微妙に浮いている。地面に降り立っていない。潔癖症かな?

続いて、四方から四色の龍が姿を現した。北方に黒、西方に白、南方に赤、東方に青。五行に相応していると思しき龍が、余の前に降り立ち(こうべ)を垂れる。

『天命を以て主上にお仕えつかまつる』

『我が力、存分に活かされよ』

『我らが新しき主、幼き聖君よ』

『働いた後はなでなでしてくれると嬉しいな!』

「許す。余の命を以て存分に働くが良い」

一抹の不安を感じないこともないが、霊獣が何体も首を垂れたとなれば、ル・イールもそう簡単に余に手出しすることは叶わなくなったであろう。この場でこやつらが天から遣わされたのは、天意…というか、パフォーマンス的な側面もあるのだろう。余に力を授けるだけであれば、このような場である必要はない。祭典であり、儀式であり、余が民の前に姿を現し、民の目が世に集まる場であるから、意味があるのだ。

龍たちは余の言葉を聞いて顔を上げ、代表してなのか青龍が余を己の背に(いざな)った。

『主上、どうか我が背に』

『お待ちなさい。主君の乗騎を務めようというなら、私の方がよろしいでしょう。主君は私に手足となれと仰られましたし、私の方があなた方より乗り心地が良いはずです』

正直なところ、余には乗馬の心得もないので、どちらの背に乗るのも心配といえば心配なのだが…まあ、四つ足の獣の方がまだ乗り易そうではある。でかいので乗り降りに相手の協力が不可欠だが。

というかそもそも、余を何処に連れて行く気だこやつら。

『千里を駆けるのであれば我らの方が優れている。貴殿は戦いどころか殺生も好まないのだから、大人しくしているのが良かろう』

ふむ。余の奏上した詩をそのままに解釈したのか。まあ、それでも構わんのだが。

「背を貸せ。この衣は騎乗には向かぬ」

『御意に』

乗りやすいように背を低くした獣の背に横座りする。柔らかい毛に覆われた躯は、成程触り心地が良い。動いた時の乗り心地はわからんが。

『主上、我らに詔を。我らの倒すべき敵をお教えください』

いきなりそんなことを言われても困る。余はあまり暴力的な解決に頼りたくはない。

「…余が憎むのは、過分を求める人の欲である。我欲に溺れる人そのものではない」

それに、おそらく、大多数の人間は、己の欲を制することができないのであろう。二心なく余に仕えてくれていると思ったものも、余が気に掛け、寵が向いていると思えば欲深く変わっていった。

まあ、それも人の性というものなのかもしれぬが。

「余は敵を滅ぼすことよりもその者の改心をば望む。どのような悪人であれ、我が国に住まうのであれば我が民の一人である」

まー、どうしようもないやつもいるだろうけど、それはそれ。どんな相手にも一度は改心の猶予を与えるべきだ。改心した後の、過去の悪行に対する良心の呵責ほど、悪人を苦しめるものはないのだから。

『御心のままに』

『主君、それでは行幸を始めましょう。あなたの憂いを断つため、民に安寧をもたらすために』

余が顔を出すだけで解決するなら、そんな楽なことはないが、はてさて。





簡潔に言おう。空の旅は快適ではなかった。こやつの背がどうというより、高速で空を飛ぶという移動形態そのものの問題ではないかと思われる。次は何化対策を考えるか、別の方法を取りたい。そもそも余は殆ど体を鍛えられていないのだ。箱庭育ちだから。

「…痛ましいな」

修理する余裕がないのか、屋根に穴の開いている家がある。いかなる理由によってか、荒れている畑がある。きちんと世話されているらしい畑は、しかし実りに乏しい。この村の農民が困窮しているであろうことは、想像に難くない。

『どういたしますか、主上』

「ふむ…」

税を免除してやるのは簡単だ。しかし、それで問題が解決するかといえば、そうではないだろう。




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