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そんなこんなで、今日は余の八歳の生誕祭である。年に一度、生誕祭の日だけ、余は国民の前に直接姿を見せることになっている。といっても、糞重い装束で露出はないし、顔も隠れるので、余ではない者が出たとしても誰も気付かないだろう。そもそも余の顔や姿を直接見知っているのは侍女と一部の臣、皇太后だけだ。民は余が今年八歳になる男児であるとしか知らないだろう。

というか、実際、これまでの生誕祭で表に出たのは乳兄弟で影武者であるシンシャだった。ちなみに並んで間違えられる程似てはいない。余とは違って外を自由に駆け回れる分、体格が良いのだ。まあ、余のように時々物思いに沈み食事が喉を通らぬことがある故線の細いものより、あやつのように元気溌剌、骨太の男児の方が民の労苦を知らずすくすく育っている幼帝の姿としては相応しく見えるのであろう。場合によっては、本当に取り換えられかねない。

だが、今年こそは本当に余が出る。余が、その面影さえ定かではない我が母が、いよいよ心労で危ういらしい。生誕祭で一目姿を見られないかと、それだけを頼みに永らえているらしいのだ。顔も声も名さえも定かではないとて、余も肉親に対する情は持ち合わせている。奸臣の企みに巻き込まれねば、そのような心労を抱かずにひっそりと生きていたであろう母を、余は憐れに思っている。故に、余の本当の姿を見せてやりたいのだ。

まあ、皇太后はともかく、ル・イールはそのようなことを馬鹿正直に言ったとて聞き入れるような人間ではない故、少々策を弄したが。いや、大したことではない。八は末広、重要な節目の年である故、余自ら、儀に参加し詠いを行うべきである…と、学者から皇太后に奏上させただけである。天に捧げる神聖な詠いを、公式の代理人たる皇太后や宰相ならまだしも、影武者にさせるわけにはいかない。かくして、余は初めて公式行事に自ら出ることになったわけである。



ところで。余に個人としての名はない。個としての名を授けられる前に、皇帝としての称号を得て、我が名は諱となったからである。しいて言えば、母からはシャオ、と呼ばれていたらしい。幼名とも言えない、坊や、という呼びかけ程度のものだ。故に余には呼ばれるべき名がない。唯一、天蓮帝と記されるのみであり、その号を口にすることを許されるのは余自身と、しいて言えば皇太后、いずれは余の皇后となった女のみだ。民も臣も、皇帝陛下、主上とのみ呼ぶことが許されている。あるいは今上陛下か。

余は皇帝、生まれながらの帝などにはなりたくなかった。今を何不自由なく過ごせるのはその称号故だと、知ってはいるが。余に権勢欲はない。己が身の安寧が得られるのであれば、皇帝の座などル・イールに寄越してやっても構わん。だが、あれは己の地位を盤石にするため、皇位を得れば余を殺すであろう。故に、余はこの地位にしがみ付かざるをえないのだ。




生誕祭で天に捧げる詠い、学者どもが用意した詩を詠うのが本来ではあるのだが、余は受け取った詩を詠うつもりはなかった。勿論、即興で詩を詠むわけでもない。この日のために、二週間かけて用意していた余の心からの詩を、天に詠う。余は、ただの人形ではないと天に示さねばならぬ。あの男に、偽りの天命を作らせぬために。余自身が、天に見限られぬために。

「我が日々に哀しみの色はなく、世に憂いはあらぬが如く、臣は振舞っている」

場に静寂が満ちる中、余は朗々と詠いあげる。

「だが、民の間には辛苦が溢れ、世は乱れようとしている。余が幼く力を持たぬからだ」

天に届けと覇気を込め、余は詠う。

「余に千里を駆ける翼があれば、民を救うため飛び回っただろう。余に悪を屠る力があれば、悪吏を捕らえ民を解放しただろう。だが、余にはただ地獄を見据えることしかできぬ」

空を見上げ、一拍置いて余は告げる。

「どうか、余に世を治めるための力を授けたまえ。それが叶わぬのであれば、ただ地獄を見守るしかできぬこの身を滅ぼしたまえ」

余も死にたくはないが、地獄のような光景を見せられ続けるのは耐えがたい苦痛である。余に何の咎があるというのか。余の物心がついた時には、既にル・イールによる支配体制は確立していたというのに。





どっちかというと、生母もイールの妨害がなければ私も皇太后として左団扇で…系なのでアレ

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