――02 本物の不審者。
ドラゴンって燃えますよね。
ファンタジーには欠かせません。
――02
結果から言えば、僕は少女に淫らな行為を働いた変態男でも、
未成年飲酒を犯した不良でも無かったようである。
だが、僕が見知らぬ少女のおっぱいを揉みしだいたという事実は確かに現実に起きた事件である。
夢などではない、確かな現実だ。
「えっと……状況を整理しましょうか……雪さん」
僕の上に跨っていたおっぱい……ではなく少女の名前は、どうやら古美門雪というらしい。
かなり珍しい名字らしく、確かに僕も初耳だった。
なので、僕は彼女のことをとりあえず『雪さん』と呼ぶことに決めた。
あの後……正確に言えば僕が逮捕を覚悟して雪さんに自首をすると告白したシーン。
泣きじゃくっていた雪さんは、僕の自首発言を聞いた途端その様子を変えた。
雪さんによると、雪さんは僕よりも早くに目覚めこの状況に気がついたらしい。
パジャマ姿の見知らぬ男(僕)の上に跨る、上半身裸の自分に気がついた時、すべてを察したという。
驚愕とショックでその場から動けずにいると、見知らぬ男(僕)が目を覚まし、何故か自身の乳房を当然のように揉みだしたのだから、相当怖かったそうだ。
あまりにも当然にそんな行為に及ぶ僕を見て、雪さんはある仮説を立てた。
雪さんは昨日の晩珍しくお酒を飲んだらしく、体質的にアルコールに弱いらしい雪さんは当然の如く酔っ払ったらしい。酔うと自我も記憶もすぐに吹き飛ぶ酒癖の悪さを自覚していた雪さんは、とうとう見知らぬ男と行為に及んでしまったのだと絶望。からの号泣コンボだったようだ。
見も知らぬ女の乳房を当然のように揉みしだく変態に、自分は体を許してしまったのだと自殺まで考えたらしいが、僕の自首発言とその態度に希望を見出したのだとか。
そこから色々あって、僕らに肉体関係なんてものはなく。
これが正真正銘の初対面であると発覚したのだ。
「肉体関係が無いって部分はやや怪しいけれど……概ねそんなところかな」
「すいません。ほんと……すいません……」
雪さんはどうやら若者の性欲という奴に理解があるらしく、自分にも否があるという点も踏まえて――僕の犯した愚行をグーパン5発で許してくれた。なんて優しいのだろう。
「まぁ、今はそんなことよりもこの状況をなんとかする方が先決じゃないかな?」
「そうですね、思ったよりも肌寒くて……風邪を引きそうです」
目が覚めた時、僕はベッドで横になった服装――つまりはいつもの寝巻きを着ていた。
しかし雪さんは、買った覚えのないどこかの高校の指定制服。のスカートを下半身に履いていて、足元には何故か軍手を付けていた。
女性をいつまでも半裸にしておくわけにはいかないので、僕は着ていた寝巻きの上を雪さんに差し出したのだった。しかし、雪さんはそれだけでは満足することはなく。結果的に、僕と雪さんは着ていた衣装を丸々交換することになったのだ。
「似合ってないこともないんじゃない? 可愛いよ渡くん」
そう言えば、もう一つわかったことがある。
雪さんは僕の予想通り整った顔立ちをしていて、簡単に言えば美人だった。
少女なんて言葉を先程は使ってしまったが、泣きじゃくってぐちゃぐちゃな表情がそう見えただけで、実際はどちらかと言うと綺麗系なお姉さんだったのだ。
黒いミディアムショートな髪に、モデルさんみたいな小顔。
目はぱっちりと開いていて大きく、眉毛は綺麗に整えられている。
背は僕よりも低く、おそらく150台半ばぐらいか?
おそらく先程少女に見えたのも、無意識に見た雪さんの体のシルエットが少し小さめだったからだろうと思う。
まぁ何が言いたいかと言えば、雪さんは僕よりも年上だったということだ。
年上の女性にあんなことをしてしまったとは、なんとも僕の戦犯度が上がっていくが、年下だからいいというものでもないだろうと思う。
逆に法的にギリギリセーフ(かなりアウト)な年上のお姉さんでよかったとさえ思った。
お姉さんという言葉の響きには、青少年のいたずらを許容してくれそうな魅惑的なものが宿っている気がするからだ。
「それより渡くん。これからどうしようか。ってか、ここどこだ?」
言って、辺りを見渡す雪さん。
どうやらこれ以上あの惨劇のことを話すつもりはないらしい。
それは僕にとってもかなり都合がいいことだったので、話を広げる。
「見たところどこかの森の中……ですよねここ……まさか屋外だったなんて……」
「屋外で年上のお姉さんの胸を揉みしだくとか、渡くんって変態さんだったんだね」
「ちがっ……います……よ」
どうやらまだ僕をいじめ足りなかった様子の雪さん。
けれど、僕の困る様子を見て満足したのだろう。辺りを見渡し、色々と予想を立てだした。
「常識的に考えて、面識も無いあたしと渡くんが、偶然にもどこかもわからない森の中で出会うなんてありえないよね。しかも、渡くんは部屋で寝てたみたいだし。あたしは酔ってて記憶無いけれど……多分部屋で寝たはず……だもん」
自身の不甲斐なさか、それとも酒癖の悪さか。
なんとも可愛らしい恥じらいの表情を浮かべる雪さんを見て、少し和んだ。
けれど、いつまでも和んではいられない。
下半身がやたらスースーするというのもあるが、今僕らは明らかに――遭難している。
「遭難とはまた違うかもしれないけれど、概ね間違いないだろうね。あたし達は早急に、ここがどこで、どうやったら温かいお家に帰ることが出来るのか突き止めないと」
「そうですね。じゃあ、ちょっと周りを見てきますよ。山の中なら川とかあるかもしれませんし、飲水は確保しておきたい」
「あぁ、それなら……」
僕が辺りの散策に出ようと立ち上がったその時、雪さんはそう言って僕の背後を指さした。
「あっちから微かに川の流れの音がする。多分、川があるんだよ」
言われ、僕も耳を済ましてみると確かに聞こえた。
「すごいっ!! 耳いいんですね雪さん」
「ふふんっ。まぁねぇ……」
言って、雪さんは立ち上がり音のする方向へと歩みを進めた。
僕は後を追うように、雪さんの隣にちょこんと付いていった。
――03
「あれ、なんだと思う」
雪さんの言った通り、しばらく歩くと小さな川があった。
実はかなり喉が乾いていたらしい雪さんは、豪快に両手で川の水を掬いそれを飲んだ。
まぁ、あれだけ泣けば水分不足にもなるだろう。仕方がない。
飲水の心配がなくなったところで、僕らはこの山の正体を探ることにした。
だが、それを妨害するものが現れたのである。
先に気づいたのは雪さんで、雪さんの指さした方向。
つまりは僕らの斜め上を見ると、そこにはあった。
「人じゃないですか? 浮いてますけど」
そう、人が宙に浮いていた。
というか、空を飛んでいた。
鳥よりも滑らかに、空を翔けるヒーローのようなポーズで宙を平行移動していた。
「まぁ、そう、見えるよね」
「はい、そうにしか、見えまえん」
僕らは互いに顔を見合わせ、もう一度その空飛ぶヒーローを見た。
魔法使いのコスプレだろうか、黒のローブを纏い、頭にはとんがりコーンみたいな大きな帽子を被っている。性別まではわからないが、あれはどう見ても人間である。
「どうする。声かける?」
「いやぁ……どうでしょう? 不審者ですよ? どう見ても?」
「スカートに半裸姿の渡くんに言われては立場がないけれど……確かに、あれは不審者だね」
そんなやり取りをしている内に、不審者?的な姿をした空飛ぶ人間はもう僕らの声の届かないだろう所に行ってしまっていた。
僕らは貴重な手がかりを逃したという後悔と、それと同じぐらいの安堵を胸に仕舞い込み。
再び、川の瀬に立ち冷たい川の水で顔を洗った。
「見間違いじゃ……ないよね?」
肯定の意味を込めて、僕は静かに頷く。
「なんだそりゃぁ……雪ちゃんは意味がわかりませーーん」
目の前を通り過ぎた空を飛ぶ何か、の存在に雪さんの頭はオーバーヒート気味のようだった。
まぁ、正直言えば僕も同じようなものだった。
ただでさえ意味のわからない状況の中、さらに理解を超えたものの存在。
冷静でいられる筈がないのである。
だが、そんな僕らに追い打ちをかけるように。
そいつは突如として現れたのである。
『グガァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!』
なんの脈絡もなく、獣の咆哮のようなものが森の中に木霊したのである。
「な、なになに?! 今度はなに?!」
「ぼ、僕にもわかりま……せ……」
今度こそ、僕の理解を超えていた。
目を覚ましたら目の前におっぱいがあっても、まだありえる。
見知らぬ山の中で見知らぬ女性と遭難することも、きっとある。
空を飛ぶ魔法使いが存在していたって、別に許せる。
だが――それだけは駄目だ。
「は、はぁぁぁ?! ド、ド、ド…………ドラゴンっ?!」
『グガァァァァァァァァ!!!!!』
どこから現れたのだろう。
気づいたらそこにいた。それが許されてはいけない巨体が、そこにはいた。
僕らの頭上で羽ばたくその蒼色の生物は、ルビーを埋め込んだかのような綺麗な紅い目でこちらを見やっているようだった。その大きな翼で嵐を巻き起こし、木々をミシミシと揺らしている。
「た、た、た……助けてヒーローさぁぁぁぁん!!!!!!」
僕がその生物に見惚れていると、隣では雪さんが大声で助けを求め走り出した。
「ちょっ……どこ行くんですか?!」
慌てて僕も雪さんの後を追って走り出す。
もはや僕らの脚力ではどこに逃げたところで無駄なのだが、そこでそうして立っている恐怖に比べれば走っている方が幾らかマシなのだろう。目に大粒の涙を浮かべ、頬の筋肉が壊れてしまったのだろうだらし無い笑みを浮かべデタラメに走っている雪さんを見て、そう思った。
「助けてぇぇぇぇぇ!! ヒーローさぁぁぁぁぁん!! 戻ってきてぇぇぇぇ!!!」
小さな身体のどこからそんな声量が出るのか。
雪さんは未だ背後で羽ばたくドラゴンの巻き起こす突風に負けることのない声量で、叫び続けていた。
「ちょっと……! 雪さん待って……早い……」
陸上でもやっていたのだろうか、それとも命の危機に火事場の馬鹿力を発揮しているのだろうか。どちらかは分からないが、女性のそれとは思えない程の速さで駆けていた。
サンダルなんて既に脱ぎ捨て、裸足で川沿いを猛スピードで走っている。
そんな雪さんの熱意が通じたのか、はたまた山中に木霊しただろう雪さんの声を聞いてか。
先程のローブを纏った不審者がこちらに向かって飛んできた。
もしもこれがドラゴンに追われているという状況でなければ、空を飛んでいる人間なんて簡単に信用することなど出来ないし、受け入れることなど無いだろう。
けれど、この状況で縋れるものなどそれぐらいしかなかった。
「え、本当に助けてくれるの?! まじで?! 本当に?!」
その全力ダッシュを辞めることなく、雪さんは叫んだ。
そしてその声に反応するように、ローブを纏っていたその不審者は、顔を隠していたフードの部分をゆっくりと脱ぎ――その顔を僕らにお披露目した。
「おんな……?」
はっきりとは確認出来ないが、空飛ぶ不審者の正体は――金髪の女性だった。
「サテラ!! アレスト!!」
『グガァァァァァァァァァ!!!!!』
金髪の女がなにやら叫ぶと
またもやドラゴンの咆哮が山中を木霊した。
それと同時に、僕は妙な浮遊感を感じた。
「わ、渡くんっっ!!!!」
雪さんの声が微かに聞こえたかと思うと、僕の視界は遮断された。
意識はある。ただ、真っ暗で何も見えない。
数秒の静寂の後、僕は気づいたのだった。
ここは、ドラゴンの口の中だということに。
次は早めに