とある悪者の話。
「……っ……はぁ……」
全身に負った切り傷から出血が止まらない。
"体の再生能力"が追いついていないようだ。
体を覆っていた"白い鱗"も、ほとんどなくなり、今もガラスが割れるように、ガラガラと音を立てながら体から崩れ落ちている。
ということは、再生能力自体もう発動していないのか。
さらに、先程から、かなりの量の血が地面に落ちているのだが、あの爬虫類のような見た目の化け物が湧いてくる気配がない。
"血が化け物になる能力"も、完全に停止しているようだ。
空を覆っていた"影の翼"も今や展開する力も、もうこの世界には残っていない。
……つまりは、
能力に、体に、命……色々と限界がきているということか。
「……タイムリミットか……」
ズルズルと、力の入らない足を引きずり、なんとか手頃な壁に背中からもたれかかり、座り込む。
まぁ、目的の半分は達成できた。
結局、
ヤツもまた、私を殺しうる真の正義でらなかった。
確かに今まで戦った中では一番と言っていいほど、ヤツは強かった。
だが、強いだけでは私は殺せない。
瀕死とはいえ、こうして生きているのが何よりの証拠だ。
目的のあと半分も、できたらいいな程度のことだったから、たいして悔いはない。
「……ゼェ……ハァ……」
さて、もう一歩も動ける気がしない。
ここが、私の最後になるのか、
「……おじさん……大丈夫?」
「……あぁ?」
青い空を見上げて、自分の息の根が止まるその時を待っていた私のすぐ横から、少年のものと思われる、子供の声が聞こえてきた。
声がした方を見ると、瓦礫に下半身を潰され、身動きができなくなった少年が、今にも止まりそうな息を何とかつなぎながらこちらを心配そうに見つめていた。
歳は10歳前後と思われるその少年は、どうやら、私が今もたれているこの建物の壁が崩れた時に巻き込まれ、押しつぶされたようだ。
明らかに私よりも死にそうだ。
「……ハハ‼︎お前が心配するな‼︎」
この期に及んで思わず笑ってしまったではないか。
「どう考えてもお前の方が死にそうだぞ?」
言いながら、ゲホゲホと血を吐く私。
「……僕なら、大……丈夫」
言いながら、ナチュラルに血を吐く少年。
絶対大丈夫じゃないだろ。と言いそうになったが、お互い余り時間が残されていないので、下手な言い合いはよそうと飲み込んだ。
本来なら、女子供関係なく、平等に殺すのが私の主義なのだが、そんなことしなくとも放っておけば勝手に死ぬし、自分もそう長くないから、最後くらい主義に反することをしても良いかと、この少年と会話しながらその時が来るのを待つことにした。
「……しかし、この世界にまだ、生き残りがいたとは……驚いたよ」
そう、他ならぬ、私がこの手で皆殺しにしたと思っていたから。
そう言いながら、同時に、この子供が生きているから、私も生きているのでは?という考えが、頭をよぎる。
ほんとうになんとなくだが、そんな感じがした。
「うん、僕も生きてることが不思議だよ。たぶん、あのままこっちにいたら死んでたと思う」
……いや、今でも十分死ぬだろうが。
だが、事実こうしてこの世界において、最後の生き残りとして、私の前に現れたのだ。
少しは賞賛してやっても良いだろう。
「……そうか、運のいいヤツめ」
「……フフッ……でしょ?杏里ちゃんって子が……外は危ないからって匿ってくれて……助けてくれたんだ……」
……なぜそこで笑える?変な子供め、
しかし、その杏里とやら、せっかく助けてやるならきっちり助けてやれよと心の中で密かにつっこむ。
結局のところ、少年は死にそうになっているのだから。
「……そいつがお前を守ってくれたのか、友人か?」
「……う〜ん、友達……だよ?」
今はもうこの世にいないであろう、友達の顔でも思い浮かべているのであろう、少年の目が遠くを見る。
「そうか……いい友達を持ったのだな」
「……うん、いい友達……」
すると、少年が不思議なことを言い出した。
「……実はね、その子は神様なんだよ?」
……自分で言ってた。
と、自慢げにその"友達"の自慢をする少年。
「神の領域ってとこに匿ってくれたんだ。」
「……そうか」
そこで一つ、その杏里という人物が、自分のよく知っている人物像と似ていて、少し考えてしまう。
「……それは奇遇だな、私にも自称神様の友達が一人いる」
私も一人、自らを"神様"と名乗る知り合いがいた。
名を"杏里"というその女は、出会った頃からふざけた奴で、私はいつもそいつに振り回されていた。
そして逆らったらこのザマだ。
全く、報われない。
そういえば、奴は今、どこで何をしているのだろうか?
私が"この世界を壊している"間も姿を現さなかったし、おそらくこの世界のどこかで私のこの無様な姿を眺めて笑い転げていることだろうが、今となっては知るすべもない。
……目の前の少年がその答えなのだろう。
……目的の半分、そいつを探し出してこの手で殺すために始めた戦いだったのだがな……
結局、こっちの目的は達成されることなくチェックメイトとなってしまった。
……全く、最後まで奴の掌の上で足掻くだけの人生であったようだ。
手も足もない。後ろにも下がれない。ただ前に向かって体を動かして進むだけの存在。
「……少年よ」
「…………何?」
どうやら、限界が来たようだ。
そろそろこの会話も御開きとなってしまう。
最後に聞いておきたいことがあった。
「何か、やり残したことはなかったか?」
いつかやりたかったこと、将来の夢、生きていれば実現しえた未来のこと……。
私が奪った少年の未来を、今はまだ難しいことを考えられないであろう、子供に問う。
「う〜ん……」
少年は、少し考えるそぶりをしたのち、
「お母さんに、百点のテストを見せたかった……」
「……そうか」
まぁ、予想はしていたが、実に子供らしい返答であった。
「……死にたくないか?」
「……うん」
そこは強がらず、素直に答えるのか……。
「でも、いいんだ……」
「やり残したことはいっぱいあるけど、不思議と怖くないし……」
それに……
「あっちに逝ったら、テスト見せれるし」
そう言って、またこちらに笑みを向けてくる少年。
「……そうか、なら早く逝かないとな」
とか、口では適当に答えながらも、少年について、確認したい点ができたため、最後の力を振り絞って、もう立ち上がることすらできない体を引きずって、今にも生き絶えそうな少年の真横まで体を動かす。
「……ハァ」
そもそも、私はこの少年をこのまま死なす気はない。
最後の最後になんの気の迷いだと自分に問いかけたいが、本能が言っているのだ。
……この少年は運命を背負っている。
今、終わらせてはいけない存在だと。
そして、真横に来て改めて少年の状態を見た時、自分の予想が的中したと確信し、長いため息を漏らしてしまう。
少年は、身体中の血がもう無いようで、顔も手も真っ白になっている。
そして、体の腹から下は、完全に建物に潰されて、無いも同然。
はっきり言って即死していないとおかしい。
奇跡とかそんな次元の話ではなく、どうやっても、一%の確率も無く、この少年は死んでいなければおかしいのだ。
今、私の目の前でぺちゃくちゃ喋っているこの少年は、間違いなく死んでいるのだ。
だが、そんな自分の状態を知ってか知らずか、なぜかいつまでも絶えることなく平然と喋っている少年。
つまり、
「そういうことか……」
少年の鳩尾辺り、おそらく心臓がある、あった場所に、明らかに意図的にポッカリと開いている穴を見た時、自分が今からすべきことが決定した。
少年の着ている服には、
『I don't understand that after』
「ハハハ……アッハハハハ‼︎」
もう笑うしか無い。
「えっ?どうしたのおじさん?」
少年が問いかけてくるか、もう答えられないくらい笑いが止まらない。
「嘘だろ⁉︎最後の最後まで、何もかもお前の思い通りに動かされていただけだったなんて‼︎」
あの神様は、本当にいい趣味をしている。
「少年よ……」
「な、何?」
「名前は?」
「名前?僕は"うつつ"っていうんだ。現実の現でうつつ」
「そうか、ではうつつ、お前はある運命を背負わなければならない、というかもう背負っている」
「運命?」
「そうだ。お前はこれから先、ある存在と戦わなければならい」
あの神と、
そして、正義を掲げ、悪を排除しようとするいくつもの世界と、
この世界も、所詮はヤツが創り出した庭の一つに過ぎない。
そして、私はこの世界の悪の化身。
この世界が滅び、悪がなくなれば私も死ぬ。
私はこの世界そのものであり、この世界は私だ。
悪意は私の血肉であり、私の血肉が悪意そのものだ。
この世界に生きとしいける全ての生物は、私の血肉が形を得たものであり、私が流した血が化け物になるのはこの影響なのだったのだろう。
世界が滅び、私の体は壊れ、悪意が消失したことにより、私の心臓は停止した。
「世界の半分を貴様にくれてやる。だから、この先の人生を私に見せてくれ‼︎!」