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十六段目

 人生には、ゲームみたいに気軽なリセットボタンは無い。分岐エンディングは無数にあるけれど、すべてを見ることは出来ない。


 後悔のないように、わたしたちは死なないといけない。


 なら、少し待とう。旅は道連れというのだから、死への旅も例外ではないはずだ。


 秋介は、しばらく考えた後、自分の横の地面をポンポンと優しく叩いた。もう一度隣に座れということなのだろ。


 一度待つと決めた以上、お先にと逝ってしまうのも味気ない気がしたので、おとなしく、同じ場所に座ることにした。


「紗英はさ、どうしてみんな自殺するんだと思う?」



 足元に転がっていた小さな石を弄びながら、秋介は質問してきた。


 悲しいなどの感情はなく、昨日の晩ご飯を聞いてくるような、単純で意味のない質問をしている。秋介の声音はそんなふうだ。


「そりゃあ、生きるのがすごく辛かったり、死にたくなるほど悲しいことが、あるからじゃないのかな。自分が死ぬことで、こんなにも辛かったんだよって誇示するためだと思うよ。」


 だいたいの一般論は、こんなところだと思う。わたしの場合は、違うけれど。


 確かに、悲しいとも辛いとも思ったけれど、別にその気持ちを誰かにわかってもらいたいわけじゃない。言ってしまえば、これはわたしの自己満足のようなものだ。


「本当に、紗英はそう思うの?」


 秋介は、じっとわたしを見ていた。小石を弄ぶのをやめて、わたしを見ていた。


 秋介の眼が、なぜだかとても怖い。さきほどまでの、輪郭の曖昧な秋介とは違い、ずっしりと確かな質量でわたしを見てくる。


 わたしの中を全部覗かれてしまいそうで、合っていた視線を思わず切ってしまった。


 数秒の沈黙が続く。そっと秋介の目を見ると、少し前の、ふうわりとした秋介に戻っていた。


「僕の考えは、少し違うかな」


 一瞬地面に視線を向けると、またわたしに変わった苦笑いを見せた。


「人が死ぬのは、悲しい時と、満足した時と、意味がある時だよ」


「最初の一つはわかるけれど、他の二つは、ちょっとよくわかんないな」


 わたしの率直な感想に、また変わった苦笑いを見せた。


「簡単なことだよ。一つは、虐めにあったとか、借金が多額に膨らんだとかとかで、現実や人生からどうしようもなく逃げたい時。


 一つは、その人の目標が達成された時。「コレができたら死んでもいい」っていうのをやり遂げて、もう悔いはないって時。


 最後の一つは、その人の死そのものに意味がある時。死ぬことで、結果が生まれたり、何かが変わる時」


「それが、秋介の考える自殺の理由?」


「そうだよ」


 わたしは、どれだろう。


 まず、二つ目ではない。特別な達成感を感じていない。まだやりたいことだって、無いわけじゃない。


 他の二つはどうだろう。確かに、悲しかった。お父さんと、自分自身に絶望した。辛いと思ったし、そこから逃げ出したい気持ちだってある。


でも、それがすべてだろうか。


 それじゃあ、わたしが死ぬことに、何か意味があるのかな。


 お父さんは、自由になれるだろう。わたしという大きな荷物から、開放される。それが目的だってこともある。


 お父さんの視界は広くなって、行動範囲も広がって、守るものも無くなって。


 でもそれは、わたしが望んだ結果だけれど、わたしが望んでいない結果でもあって。


 わたしが邪魔だっていう現実が辛くて、死のうと思って。


 求めて欲しいわたしと、捨てて欲しいわたし。どっちつかずが、一番恥ずかしい。


 死にたいという思いは、変わらない。


 でも、なんで死にたいのだろう。よくわからなくなってきてしまった。秋介は、どうなのだろう。


 彼が示した、三つの理由。


 秋介が死ぬ時は、悲しくて死ぬのかな。満足して死ぬのかな。理由があって死ぬのかな。


 心の中を見ていた眼を、秋介の方へと引き戻す。


 秋介は、わたしが小さい時のお母さんと、同じ目をしていた。


 同じ目で、わたしの方を見ていた。多くは求めていない。けれど、突き放してもいない。


 勢いがあり、グイグイ引っ張ってくれて、時々がさつなお母さんだったけれど、この目をしている時だけは、わたしを待ってくれるのだ。


 秋介も、わたしを待っていてくれたのだろう。いろいろと考え込んでいるわたしを、何も言わずに。ただじっと、優しく待っていてくれたのだ。


 わたしの意識が帰ってきた事に気がついたのか、秋介の瞳はわたしと同じように濁りを取り戻していった。じわじわと、真っ黒の墨が透明な水に溶けるように。


 少し寂しくなったけれど、それを伝えるのは、なにか違う気がした。伝えられるほど、わたしは素直にできていなかった。


「秋介は、どの理由で死ぬの」


「三つ目。僕はある目的のために、僕を殺した」


 答えた声には少しだけ寂しさが混ざっていて、ケーキに乗っているすっぱい苺のように、余計に秋介の優しさを際立たせているような気がした。


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