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第9話 上杉の組

第9話 上杉の組


上杉の会社は大きな街の裏通り沿いにあった。

この世に来て初めて見た、あの四角い高層建築物群のひとつだった。

ぺさんは商店のような物と説明してくれたが、看板はなかった。

私はぺさんに連れられて、上昇する籠に乗り込んで上の階へとのぼった。

…これは便利な、春日山城にもあれば移動や運搬がどれほど楽か。


私が前にいた春日山城とは、そのまま山の地形を利用した城で、

頂上に本丸と中腹に点在している邸宅群からなり、この世で言う「団地」が近いと思う。

何をするにもまずは下山で、馬を使っても不便極まりない。

当時は難攻不落の要塞だと思っていたが、今思えば孤立してしまえばそれで終わり、

何とわかりやすく、攻めやすい城であった事よ…。


「皆に新しい仲間を紹介したい。

皆も知ってはいると思うが、私の主人だ」


ぺさんは広間に会社の皆を集め、私を紹介した。


「上杉謙信にござりまする」


すると皆は妙な顔をした…やっぱり。

「上杉謙信」という名前は笑われる名前なのだ。

そうであろうな…あんな迷惑で恥ずかしい武将の名など。


「すげえ、同姓同名すか?」


ところが組員のひとりが、目を輝かせて言った。

私と同世代か少し上ぐらいだろうか、着物から露出している部分が傷だらけの男だった。


「病院で命名されました」

「へえ…それじゃ謙信、俺は若頭の山本。よろしく」

「山本殿、ありがたき幸せ」

「謙信、山本は武田さんが連れて来た人で、上杉会設立の時からいる。

私がいない時は山本を頼ると良い」


ぺさんが山本殿について詳細を教えてくれた。

それから近くにいる太った男に声をかけた。

私より十近く下、40歳前後だろうか。


「それから宇佐美…若いが宇佐美も設立当初からの古参だ。

この宇佐美が謙信の先輩として、直接の指導員となる」

「宇佐美です、よろしくな謙信」

「宇佐美殿…」


…私の家臣にも宇佐美という苗字の者がいた。


「あの、姐さん。姐さんのだんなって事は、いずれは会長にでもするつもりすか?」


宇佐美殿と同じ年頃の、背の高い黒ずくめの男がぺさんに聞いた。


「まあ、とりあえずはな…武田さんがうるさくてさ。

いつまでも女がトップでいる訳にもいくまい、誰か婿を迎えてとか。

あ…謙信、この者は甘粕と言う。父の代からだから比較的新しい組員だが、

驚くほど成長が速く、一気に幹部にまでのし上がったほどだ。油断していると抜かれるぞ」

「甘粕だ、よろしく上杉謙信」


甘粕殿は私に手を差し出した。

ぺさんがこれは親愛の情を示すため、手を握り合う「握手」なる挨拶だと教えてくれ、

私は嬉しく彼の手を握った。


「甘粕殿…私の家臣にも甘粕を名乗る者がおりました、初めてお会いする気がしませぬ」

「えっ、ほんとか? 『甘粕』て相当珍しいはずだけど?」

「それは甘粕景持だな、謙信よ…」


突然誰の物でもない男の声が入口の方から聞こえた。


「はい、景持にござりまする…え?」


私はつい返事をしてしまったが、入口を振り返った。

そこには見覚えのある老人が立っていた。


「…信玄殿!」

「武田信市、上杉会二代目会長…今は退いて相談役」


老人は病院で最初に話した、あの信玄殿だった。

病院にいた頃とは違って、髪をきれいに後ろになで付けてあり、

高そうなスーツをきちんと着込んでいた。

ぺさんは笑って彼に声をかけた。


「武田さん、もう始めてるぞ」

「なに、ちっとも構わんよ…」

「あの、信玄殿が相談役とは? どうしてあの病院に?」


私は目をぐるぐるさせながら、信玄殿に訊ねてみた。


「言ったろ謙信、武田さんがお前を見つけて来たと」

「病院に患者として潜入するには老人が一番だよ、謙信。

お嬢様とはうまくいっているかね?」

「はい、毎日毎日楽しゅうござりまする…身に余る幸せにござりまする。

それも信玄殿のおかげ、謙信は心より感謝いたしまする…!」


私が信玄殿に頭を下げると、ぺさんもそれに続いた。


「私もだ、武田さん…結婚などと思っていたが、まさかこんなに幸せになるとは。

それもこれも武田さんが、謙信と引き合わせてくれたおかげだ、感謝する」

「それを聞いて私もお世話した甲斐があったよ…嬉しいことだ」


私たちは全員がちょうど集まっているついでに、会議を行った。

「しのぎ」なる商売での売り上げの報告、新規に獲得した顧客の報告、

敵勢力の動向、現在の領内の様子など。

ぺさんはこの上杉の家を「会社」と言うが、それは私のいた上杉の家と非常に似ている。

商売の内容こそ違えど、やっている事はこの世も戦国も同じ。

でもぺさんは似ているようで、かなり違うと言った。

帰りの車の中での事だった。


「謙信、お前のいた上杉の家は武力を持つ政治家だったが、

私たちのいる上杉の家は根本から違うのだよ」

「ぺさん、それはどう違うのでござりまするか?」

「私たちの上杉の家は武力を持つ商家、営利目的を持った民の団体だ。

もっと言うと、社会に居場所のない者同士、商売をして生きるための集まりだ。

選ばれし血統の者からなる、謙信の上杉とは違うのだ」

「それは…」


信号待ちで車が停まると、運転手の安田殿が振り返った。


「俺は在日、ついでに前科3犯ね」

「武田さんも山本も何度も刑務所入ってるし、宇佐美もわりと最近出てきたばかりだ。

甘粕も詐欺で過去捕まっていて、次は実刑だ」

「上杉の家は罪人の集団にござりまするか?」

「具体的に言うと、犯罪を仕事にせざるを得ない者の集まりだな…」

「ぺさんは?」


ぺさんは再び走り出した車の窓に、流れる景色をじっと見ていた。


「…私はね、ちょっと事情が違うんだ。

私はお前と同じで、上杉に助けられた者だから…」


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