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第53話 謙信は謙信

第53話 謙信は謙信


本選が始まる前、私と政宗は座敷に眠る宇佐美にありがとうと、

最高の仕事をする事を誓った。

そうして通夜の準備を挟みながら、昼の準々決勝、19時の準決勝を、

それぞれ順調に勝ち上がった。


政宗の「MANIA CLUB」は絶対王者らしく、金のかかったカードや技をふんだんに使い、

まるでカタログのように絢爛豪華な試合を見せた。

「クラブLOVELY」は弱小にふさわしく、カードや技よりも奇策を多用して、

作戦で試合を観る者らを魅了した。


“ダメ過ぎのとこ、いい軍師がいるな”

“9-HEYだろ? あれも最初からいた初心者だったらしい”

“MANIA CLUBのまゆりといい勝負じゃね?”


ネットの掲示板でも、「クラブLOVELY」の軍師が注目されていた。


軍師の「きゅうへい」さんを初めて紹介された時、

政宗は「うちの連合員のだんなさん」と言った。

「きゅうへい」さんは「まゆり」さんのだんなさんだった。

家では「まゆり」さんの尻に敷かれていると、チャットでよくぼやいていた。

だが「きゅうへい」さんも決して弱くはない。

最強の軍師「まゆり」さんが師匠なのだから。


「きゅうへい」さんが注目されると、他の連合員らにも自然と目がいく。


“後衛の新川も強い、がんがん能力下げてくるよ”

“あそこは後衛が強いんだよ、よっしーとかNAOとか上げもめちゃ強”

“いや、和田の攻撃凄過ぎだろ。とにかく手数が多い”


「謙信だって注目されてるよ、弱小をここまで導いた『ガチ軍神』だって」


政宗が肘で私の脇腹をちょんと突いた。

そして急に真顔になった。


「…あのさ謙信、俺思ったんだけどさ。

俺たち、謙信が上杉に来る前の事全然知らないんだよね。

姐さんや武田さんでさえ、謙信が八徳会病院にいた事までしか知らない。

もう家族なんだし、過去を聞いてもいいかなって…」


とうとう来たか…私は目を閉じた。


「ここに来る前の事はぺさん含め、数人にしか話していない。

到底信じられるような事じゃないから…」

「何があったのさ?」

「私は別の世で一度死んだ、目覚めるとこの世にいた。

そして収容された病院で『上杉謙信』と命名された」

「前の世はどんなところだったの? 名前は何て言ったの?

そこで謙信はどんな暮らしをしていたの?」


私はそのまま口を開いた。

今の政宗なら信じてくれるだろうと思ったから。


「…前の世は戦国、そして私の元の名は不識庵謙信」

「不識庵謙信」

「越後の上杉の家に養子に望まれて、以来死ぬまでずっとそこにいたから、

『上杉不識庵謙信』と呼ぶ人もあったよ…」

「へえ…? とりあえず、前の世でも謙信は謙信て事ね」


政宗は驚く様子もなく、素直に「前の世も謙信」という事実のみを受け止めた。

どういう事だろう。

ぺさんは「上杉謙信」を、戦国の英雄みたいなものと言っていたが…?


「驚かぬのか?」

「いや、だって俺、学校とか全然行けなかったし…。

戦国だって、グレイアムにこのゲームの仕事誘われてからだもん」


政宗はあっけらかんと言ってのけた。


「俺はちょっと頭悪いから…一応緑の手帳も持ってるよ。

グレイアムと『ホストクラブ上杉』で出会って、そこでいろいろ教えてもらうまで、

なんにも知らなくてさ、なんにも知らないから、ずうっとひとりだったよ…」


買い物をして来たと、8時過ぎに家を訪ねてくれた山本に聞くと、

政宗はその身体こそ大人だったが、知能が成熟する事はなく、

12、3歳ぐらいの少年の頃のまま、そこで成長が止まってしまったとの事だった。

軽度知的障害者、それが政宗の少年ぽい魅力の正体だった。


極道にはそういった者も決して珍しくはないとも教えてくれた。

そして政宗のような程度の軽い者は、この世の福祉からも、教育からもこぼれ落ち、

悪い大人にだまされ、利用され、その結果行き詰まって何もかも失うか、

この世界に流れて来るかのどちらかだとも、山本は言った。


「政宗は顔がきれいだったから、きっと散々だまされて来たんだろう。

東京に来たのも、たぶん誰かに甘い言葉で誘われて、

誘われるまま、連れて来られたんじゃないかな…」


買って来た食品を冷蔵庫にしまいながら、山本は政宗の過去を思った。

「ホストクラブ上杉」へも誰かに連れて来られたのだろう。

そこでグレイアムが彼のお世話係をまかされ、グレイアムも仕事だから教育した。

初めて自分に教育を与えてくれた人、政宗がグレイアムを愛したのは、

そういう事情があったからなのだろう。


山本の買って来てくれた食材は、昼寝から起きて来た吉富殿が調理し、

台湾風の料理となって、夕餉の食卓に所狭しと並べられた。

支度に30分もかかっていない、それでこの品数だ。

吉富殿は本当に料理が上手なのだな…。

彼女の手料理に、ぺさんとの新婚旅行を思い出す。


「吉富殿には何から何まで…なんだか申し訳なく思います」

「いいえ、ちっとも。それより謙信、こういう時にはやはり女手が必要ですよ。

直政は謙信に後添えを紹介するって言うけれど…」


支度を終えて、食卓についた吉富殿が言った。


「私はそれに反対します。ソンシルの幸せを本気で願って、別れを選んだほどだ。

後に誰が来ても、謙信はその人と幸せにはなれない。

うまくやって行く事は出来ても、その人を愛することはない…そう思うのです」


吉富殿は料理を全員の皿に取り分けだした。

それはこの場で一番目上という立場からなのだろうか、それとも女だからだろうか。


「ソンシルはその後、再婚した相手と別れたと聞きます。

謙信、今ならソンシルを迎えに行っても良いのではないでしょうか?

…もしもソンシルが今、幸せでないのならば」


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